3-3 五百蔵と

 例の『隕石』の観測から数日が経過していた。


 秘匿會の情報規制の結果なのか、各種ニュースでの取り上げられ方はかなり大人しくなり、今や紙面でも片隅にこっそり報じられる程度になっていた。


 専門のニュースサイトなどでも大きく取り上げられる事もなく、現状では有志がSNS上で語り合う程度であろうか。


 そんな様子を端末で眺めながら、放課後。

 いつも通りに登校し、授業を終えた大福の肩が叩かれる。


「よぅ、大福」

「おや、五百蔵いおろいくんじゃないか」


 振り返ると、そこには級友の五百蔵ハジメがいた。

 むしろ、大福が教室内をぐるりと見回すと、最早大福と五百蔵以外はいなくなっていた。


 とは言え、そもそもリモート授業が主流の奈園では、登校してくる学生の方が少ないので、むしろ律儀に登校して授業を受けている大福や五百蔵の方が奇特と言える。


「隕石のニュース見てんのか?」

「え、ああ……」


 端末の画面を覗かれてしまったか、大福は少しバツが悪そうにしながら画面をホームに戻す。


 五百蔵は大福の前の席に座り、意味深に笑む。


「俺はあの隕石、何かしらの陰謀が働いていると睨んでるね」

「ほう、その心は?」

「だっておかしいだろ。初報では地球に直撃コースだ、って言われてたのに、最近じゃ何も聞かなくなった。猶予ゆうよはもう少ないはずなのに、軌道が逸れたのかどうか、って話すら聞かないんだぜ?」


 五百蔵の言うとおりである。


 世間一般には『隕石』と報道されていた物体だが、あれはエルスウェムヤダの本体なのだという。であれば、ヤツが地球へ一直線であるのはそれほどおかしな話ではないのだが、一般人には『宇宙人が飛来してきます』などと報じられるわけもなく、単なる隕石としてしか認識されていない。


 仮に隕石だったとしても、大質量のモノが地球直撃コースで移動しているならば、メディアは美味しいネタだと取り上げるだろうし、いたずらに不安を煽ってもおかしくなさそうな話題である。


 だが、それでも報道はほとんどない。


 それこそが秘匿會の仕事であるのだから、事情を知っていれば当然の結果ではある。


 そんな事情を知る由もない五百蔵が、真実に程近いところまで考察しているのは面白い話だった。


「俺はこれ、国家絡みの秘密機関が、国民を不安にさせないように緘口令かんこうれいいてると思ってるんだなぁ」

「おいおい、五百蔵くん。本当にそうだとしたら、そんなことを吹聴ふいちょうしている君なんか、すぐに拘束されて闇にほうむられるぞ」

「そうなったらガチって事じゃないか。大福が俺の遺志を継いで、この事を公に開示してくれよなぁ」


 ケタケタ笑う五百蔵は、どこまで本気なのかは窺えない。


 もしかしたら持論にある程度の確信を持っているのかもしれないし、最初から冗談として片付けているのかもしれない。


 思えば、出会ってからずっと、つかみどころの少ない男であった。

 しかし、気の良い人間でもある。


「いやー……なんか、五百蔵くんと喋ってると、日常を実感するな」

「なんだよ、日常でないところに踏み入ったような言い方しやがって」


「え? ああ、まぁ……俺はほら、『こっち』側の人間だからさ」

「どっち側だよ。適当なコト抜かすな」


 実際に一般を逸脱いつだつしてしまった大福ではあるが、五百蔵にとってはそんな話も冗談で済まされてしまう。


 だってそんなこと、常識ではありえないから。

 秘匿會が常識を上手く守っている証拠でもある。


「でもさ」


 そう前置きを置いて、五百蔵は頬杖をついて大福の顔を見た。


「実際、お前は普通じゃないと思うぜ」

「何を言う。俺みたいな平々凡々を捕まえて」

「どこが平凡なんだよ。急に転校してきて、学校のアイドルをさらってさ」


 内心、正体か何か見破られたかと思っていた大福だったが、『その話か』と胸をなでおろ……しかけたところで、ガタンと音を立てて立ち上がる。


 学園のアイドルを掻っ攫った、と言ったか。


「貴様ッ! どうしてその事実を!?」

「見てりゃわかるっての。こちとら十年も朝倉先輩を眺めてるんだぞ」


 大福とハルの関係は、しばらく秘密にしておこう、というのが二人共通の見解であった。


 何せハルは学園内に強い影響を及ぼす、いわゆる学園のアイドルである。


 そんな彼女をどこの馬の骨とも知れない大福が射止めたとなれば、大なり小なり波紋が生じるだろう。


 それを回避するため、なんとなく匂わせ程度で情報を浸透させつつ、周りへの影響が少ない頃合いを見計らって、近しい人間にのみ教える、みたいなプランを立てていたのである。


 そして、その計画実行のタイミングは、早くても新年度かなー、なんて話もしていたのだ。


 まさか年をまたぐ前にバレてしまうとは。


 動揺する大福を前に、五百蔵は冷ややかな視線を向けてくる。


「で、実際どうなんだ。お前の口からハッキリと聞きたい」

「えっと……」


 言いよどむ大福。


 この時点でほぼ黒ではあるのだが、それでも五百蔵は明確な言葉を待っているらしい。

 ややしばらくして、大福が口を割る。


「お、お付き合いを、始めました」

「おらぁッ!!」

「ぐえーッ!!」


 同時に鉄拳が大福の顔面に突き刺さる。


 ミスティック化した大福にとって、一般人からのパンチ程度は蚊ほども痛みを感じないのだが、それでもその衝撃は大きかった。


「い、いきなり何をする!?」

「うるせー! こちとらアイドルを奪われたんだぞ! これぐらい当然の権利じゃボケェ!!」


「な、なんだと! 十年も眺めてて射止められない方に問題があるだろ! 俺に八つ当たりをするんじゃない!」

「わかってるよクソッ! 俺になくて大福にあるものってなんだよォ!」


「え、ユーモア、とか?」

「お前、自分でそれ言うのか」


 泣きわめいた直後、大福の言葉にスンっと冷静に戻る五百蔵は、まさにいつも通りであった。


 しかしハルを奪われたショックというのは相当なものだったのか、五百蔵は机にダラーっと突っ伏し、大きなため息をつく。


「あーあ、やってらんねー。隕石落ちてこーい」

「滅多なことをいうもんじゃないよ」


「うるせー。こちとら終末思想真っ只中だぞ。隕石なんて願ったり叶ったりだろーが」

「ふん! 俺とハル先輩が結ばれたこの世界を、そう易々と壊させてたまるもんかよ。隕石なんぞが降ってきても、この俺が粉砕してくれる。アルマゲドンのようにな!」


「映画の話なら、あれ、結構な犠牲を払ったうえでの隕石破壊だからな?」

「え、マジ?」


 有名な映画であるが、大福は一ミリも見た事がなかったので、当然あらすじもよく知らなかった。


 なんとなく隕石が降ってくる話で、最終的には地球が救われるエンディングを向かえるはず、という薄らぼんやりした印象しかなかったため、その結末が多大な犠牲の上に成り立っているとはつゆほども知らなかった。


「え、なに? どんな犠牲を払うの?」

「ネタバレになるから教えねーよ。自分で見ろ」


 その辺のリテラシーもしっかりしているらしい五百蔵は、大福の質問を一蹴して立ち上がる。


「んじゃ、そろそろ俺は帰るわ。ちょっと買い物に寄るところがあるんでな」

「おぅ。またな、五百蔵くん」


 軽く挨拶を交わし、教室を出ていく五百蔵を見送ろうとしたのだが、ドアの手前で五百蔵が振り返る。


「さっきの話だけど、俺はお前なら隕石ぐらい、軽く打ち返せると思ってるぜ」

「なんだ、急に」


 オチのついた話かと思っていたところに、急に蒸し返されてちょっと面を食らってしまう。


 五百蔵にとっては隕石の話など、おそらくは対岸の火事ぐらいの重要性しか持ち合わせまい。


 この平和な日本では、他国の戦争の話が他人事に捉われやすいのと同じく、隕石だって衝突するかもしれない、と言われてもいまいち実感が持てないだろう。


 だから、五百蔵が言っているのも、半分冗談である。

 だが、大福にとってはそうもいかない。


 隕石の正体はエルスウェムヤダであり、大福が打ち倒すべき敵だ。


「俺は……ちょっと自信がないな」


 さっきとは打って変わり、大福は小さく弱音を零した。

 そんな大福が意外だったのか、五百蔵はケラと笑う。


「なんだ、らしくねーな。いつもだったら『地元じゃ十割打者で有名なんだぞ』とか言うところじゃないのか」

「バカヤロウ、俺は謙虚けんきょなんだよ。十割で打ち返せる打者なんかいるもんか」

「お前こそバカヤロウだろうが」


 食い下がる大福を見て、五百蔵はもう一度大福の目の前まで戻ってきて、デコピンを喰らわせる。


「変な所で自信をもって大言壮語たいげんそうごを吐くのが、木之瀬大福かと思ったがな?」


 自信がないのは本当だ。

 青葉や真澄、ハルの前では虚勢を張れても、単なる男友達である五百蔵の前でそんな虚勢は無意味だと思っているのだ。


 ゆえに、本音が少し顔を出してしまう。

 エルスウェムヤダに勝てるかどうかはわからない。


 しかし、勝たなければ地球が大変なことになる。


 強烈なプレッシャーを抱えている大福に、五百蔵の言葉は無責任にも思えたが、しかし、とも思い直す。


 この友人とのなんてことない日常こそ、守るべきモノなのだ。

 失いたくはない。


 ゆえに、もう一度大福は笑う。


「俺は謙虚だからな。地元じゃ有名な強振スラッガー程度に留めておくのさ。当たればでかいぜ?」

「ははっ! 十割打者より、ある意味怖ぇや」


 友人と笑い合えるこの日常に戻るために、大福は決意を新たにした。


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