3-1 真澄と


「というわけで、条件付きで釈放しゃくほうとなりました」


 森本卓のダイニングにて。


 久々の食事をとった大福は、真澄と青葉にこれまでの経緯を話していた。


 とは言っても、大福の話せることは少なく、なんとか日下から許可をもらった、程度の事ではあるのだが。


 一通り話を聞いた後、真澄が怪訝そうな表情を浮かべる。


「その条件ってのは何なの?」

「まず、第一にエルスウェムヤダを撃退すること。これが最低限の条件です」


 秘匿會が大福を自由にさせる最大の理由はそこだ。


 青葉の身体を借りた地球が話すには、最早ハルだけではエルスウェムヤダを撃退できない。


 そのため、大福の助力を得なければ状況は覆せないのである。


 これは大福とハルが話をしている間に、地球in青葉が日下に説明してくれていたらしい。


「そして第二に、俺がミスティックの力を不用意に使わない事。これは秘匿會としての仕事も含まれてますね」


 大福の得た異能力はハルと同等の『何でもできる』能力である。

 これを利用すれば、常識などというもろいモノは容易たやすく壊れてしまうだろう。


 大福もむやみやたらに能力を使うつもりはないが、これにも釘を刺された。


「第三に、俺がミスティックとして地球に害をなす場合は、容赦はしないと」

「それは……」


 三つ目の条件を聞いて、真澄も不安そうな顔をする。

 しかし大福はそれを笑い飛ばした。


「大丈夫ですよ。地球が言うには、俺はどうやら百パー人間らしいですから。日下さんも多分、念のためというか、万が一そうなってしまった場合の事を考えての事だと思います」

「そうかもしれないけど……本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ」


 念押しして聞いてくる真澄に対し、大福は即答する。


 その即答は真澄に心配をかけないように、との気遣いでもあったが、大福も何の根拠もない、というわけではない。


 地球からお墨付きを頂いたというのもあるし、大福の中に不思議と確信めいた自信があったのだ。


 上手く言語化できないが、そうなることはない、と断言できる。


「まぁ、大福くんがそこまで言うなら信じるけどさ」


 真澄もどうやらそれで納得してくれたようで、椅子の背もたれに身体を預けた。


「なんか、私は自分が情けないよ。大福くんに安心できる家を用意してあげるつもりが、まさかこんなことになるだなんて」

「真澄さん……」


 真澄が大福を引き取ったのは、彼女の先輩であった木之瀬美樹への恩返しでもあり、罪滅ぼしでもあった。


 本来、真澄がこなすはずだった秘匿會の仕事を引き継いだ美樹は、ウノ・ミスティカに拉致され、拷問を受け、最終的には死亡した。


 真澄はその事実を知り、大福の近くで見守り続けた。


 仕事で奈園に引っ越すことになった後も大福を気にかけ続け、マメに連絡を取り、大福の祖父母が亡くなった後は身元引受人となった。


 まさかその事が、こんな風にオチをつけられるとは思ってもみなかったのだ。


「ごめんね、私が奈園に呼ばなければこんなことには……」

「それは違います。俺は真澄さんには感謝してるんです。もし、真澄さんが俺を引き取ってくれなかったら、俺は行くアテもなく、帰る家もない、天涯孤独の人生を送っていたでしょう。それを救ってくれたのは、真澄さんなんです」


「でも……」

「それに、俺が奈園に来なければ、ミスティックとして覚醒していなかったかもしれない。覚醒していなければ、地球はエルスウェムヤダ、もしくは別のミスティックに支配されていたでしょう。それを回避できるのは、真澄さんのおかげだ」


 大福は真澄の手を取り、両手で強く握る。

 そして彼女の目をまっすぐに見て、確かな想いを言葉にする。


「真澄さんは本当の母親を知らない俺に、母の愛を教えてくれた人だ。あなたに感謝こそすれ、どうして恨みましょう?」

「そうか……そう言ってくれると、うん……ちょっと心も軽くなる」


 なんだか照れくさそうに、真澄が小さく笑う。

 どうやら大福の気持ちは伝わってくれたらしい。


「ありがとうね、大福くん。私、先輩には及ばないかもだけどさ、精一杯頑張るから」

「いやいや、頑張りすぎるのも良くないですよ。真澄さんは充分に頑張ってくれてますから」


「ううん、なんか俄然がぜんやる気出たわ。森本家の大黒柱として、もっと稼ぎますわ!」

「そういや、今回の件、無事にエルスウェムヤダを撃退出来たら、秘匿會から報奨金が出るらしいっスよ。それで寿司でも食いに行きましょ」

「えぇ~、私より大福くんが稼いじゃうの? それはちょっと……ママの矜持きょうじが傷つくわ」


 なんとも難しい『ママの矜持』とやらを持っているらしい真澄は、困った顔をしている。


 しかし、秘匿會がくれると言っているモノを受け取らない、なんていう選択肢は持ち合わせていない大福は、報奨金はありがたく受け取るつもりである。


 結果として真澄の矜持が傷つこうとも、きっとその金で森本家の台所事情も良くなるはずだ。


 これまでの大福は、一応ハルの能力を開花させる目的で秘匿會から仕事を受けていた扱いになっていたらしく、毎月お金が振り込まれていたようだが、それだって真澄の稼ぎと比べれば大したことはない金額だった。


 それが大仕事をこなすことによって真澄の助けにもなれるのであれば、お得この上ない話である。


「なぁ、青葉。お前も何か食いたいモンがあれば、今のうちにリクエストしておけよ。お兄さんがおごってやるからな!」

「バカらし……話が終わったなら、あたしは部屋に戻るわ」


 ドライな反応を見せる青葉は、そのまま席を立って部屋へと戻っていってしまった。


 その様子がいつも通り、と言えばいつも通りなのだが、どこか違和感を覚えた。


「アイツ、なんかあったんスか?」

「最近、色々あったからね。そうでなくたって難しい年頃なのに」


 そう言われれば、確かにそうである。

 中学三年生の女子なんて多感な時期だ。


 ただでさえ気難しい生物となっている青葉が、地球の意識に身体を乗っ取られるなどというスケール感がバグっている超常現象にも見舞われているのだから、なおさら気難しさにブーストがかかっていると言って良いだろう。


「ならば青葉のメンタルケアは、この俺がになわなければなるまい」

「えぇ……なおさら神経逆撫でそう……」

「何をおっしゃいます、真澄さん! これでも俺は、地元では足元にハーブが咲き誇るかの如き癒し系男子と呼ばれた男ですよ? 青葉のささくれ立ったハートなんてモンは、ちょちょいと癒して差し上げましょう」


 大仰に身振り手振りをしながら立ち上がる大福を見て、真澄はクスクスと笑った。


「なんか、いつもの大福くんね」

「そりゃ、俺はいつだって俺ですから」


「その調子なら、本当にミスティックになっちゃう、なんてありえなさそう」

「もちろんですよ。逆に取り込んでやりますから」


 実際、大福の中にいたミスティックであるオルフォイヌは消え失せ、その能力だけを引き受けた形である。取り込んだ、と言われたらそう見えなくもない。


 実際はハルの毒性によって、ミスティック部分が死滅しただけなのだが。

 だが、そんな大福のふてぶてしい態度に、真澄は頷いた。


「じゃあ、青葉の事は大福くんに任せようかな」

「はい、ドーンとお任せください。必ずや、問題を解決して見せましょう!」


 大手を振って廊下に出る大福を、真澄は笑って見送った。

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