2-4 地球の切り札

「……なん、だと」

「地球に襲い掛かるミスティックに対して、朝倉ハルを取り込ませることでミスティックを撃滅する。……そのために地球の娘として選ばれた人間には強い毒性を持たせています」


 ガタン、と音を立てて、大福が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 目の前にいる少女が青葉でなければ掴みかかっていただろう。


「テメェ、何を言ってる……?」

「順を追ってお話します。まずは落ち着いて、座ってください」


 青葉が指を鳴らすと、蹴とばされた椅子が元の位置に戻った。


 大福は額に青筋を立てる勢いであったが、なんとか落ち着いて椅子に腰を下ろす。


「テメェの話に納得が出来なかったら、どうするつもりだ?」

「……お好きに。あなたが協力してくれなければ、おそらく私はエルスウェムヤダに取り込まれるでしょう」


 どちらにしろ、大福に選択肢はない。


 地球が言うには、大福の協力が得られなければハルは負ける。エルスウェムヤダが勝利すれば、地球に対抗手段はなくなる。そうなればおそらく、地球は滅ぶと言われている。


 であれば、大福は協力するしかなくなる。


 これは大福の納得を得るための、地球としての義理を通す会話なのだろう。


「……話を聞こう」

「ありがとうございます」


 一度深呼吸を挟んだ大福は、落ち着いて、地球の話を聞く姿勢を取った。

 それを見て、青葉は落ち着いた様子で口を開く。


「そもそも、ミスティックという強大な存在が、この地球を手に入れんとするために尽力じんりょくしているのは、地球人という存在がミスティックにとって劇毒げきどくであるからです」

「……ミスティックにとって、毒? 人間が?」


「はい。原因はミスティックですらよくわかっていないようですが、おそらくは高度な精神を持つ者をミスティックが取り込んだ際に、反発する作用が起きて、両者の身体が崩壊するのだろう、と言われています」

「詳しいところはわかってないのか……」


「ええ、ですが、結果として起きる事実に間違いはありません。二百年前、アメリカで起きたミスティックの事件で、脆弱ぜいじゃくな人間がミスティックを撃退できたのは、この特性を活かしたからです」


 二百年前のアメリカにて、休眠していたミスティックが目覚め、人間に襲い掛かる事件があった。


 その時に神秘秘匿會が発足し、同時にウノ・ミスティカも活動を開始したと聞いている。


「確かに、二百年前なら今よりも技術も知識も未熟だっただろうし、現代で手に負えないミスティックを、どうやって二百年前の人間が撃退したのか謎だったが……」

「当時の人間は罪人などを数百人単位で用意し、ミスティックに当てました。その結果、なんとかミスティックに対して辛勝しんしょうを収め、数体のミスティックを消滅させ、残ったミスティックは地球外へ撃退することに成功したのです」


「そんな毒が詰まった地球を侵略する理由ってなんだ?」

「もし、私を手中に収めることが出来れば、他のミスティックに対する強力な武器になります」


 言われてみれば、確かにである。

 人間がミスティックにとって強力な毒なのであれば、地球は毒の宝庫だ。


 他のミスティックに対して、大幅に優位に立てるだろう。


「しかし、私とてミスティックに良いように使われるのは不本意です。私にも私の意思があり、他者に利用されるだけの存在になり下がるのは矜持が許しません」

「……なんか、案外人間臭いんだな」

「神は人間を自分に似せて作った、という話をご存知ですか? むしろ、あなたがた人間が私を模倣しているかもしれませんよ」


 なんだか詭弁で煙に巻かれている気分ではあったが、これは本題ではない。

 大福は黙って話の先を促す。


「私は対ミスティック用として作り出した最終手段に対して、特別な防衛策を講じる必要がありました。ミスティックに対して強烈な毒を持った個体だとしても、単なる人間であれば偶然の事故や、悪意のある人間の故意によって失ってしまう可能性が高いからです」

「だから、先輩には特別強力なコードを与えた、ってことか」


「はい。しかしこの能力は条件が付いていて、効果範囲が『地球上のあらゆるモノ』となっていました。それが、あなたたちミスティックに朝倉ハルの能力が通用しない理由です」


 どうやらインスタントに強力な能力を授けるのに、縛りを設定しなければならなかったらしい。

 結果、地球が選んだのは『地球上の存在に対してのみ、強力な能力を発揮する』という対象を狭める縛り。


 ミスティックに対してはハルの毒性で対応しようと考えたのだ。

 その毒性もミスティックに取り込まれなければ発揮しないのだから、ミスティックに対して弱い事に、何の障害もないと考えたのかもしれない。


「……じゃあ、毒性を増したっていう先輩を当てて、エルスウェムヤダに勝てない理由ってのはなんだ?」


 話の始まりはそこであった。


 人間がミスティックにとって劇毒であるならば、当時と同じ手法で撃退する方法も可能だろう。


 その上、さらに毒性を高めたハルがいるのであれば、なお盤石のはず。

 しかし青葉は首を振る。


「エルスウェムヤダは地球で活動している間に私の意識を強く封印し、情報収集を行っていました。おそらく、朝倉ハルを用いた作戦は看破しているでしょう」


 そう言えば、エルスウェムヤダこと矢田鏡介は長い事、地球上で活動していた。

 あの間に情報収集など、簡単にできただろう。


 その上、矢田の行動が阻害されないように、地球に対する牽制も行っていたらしい。


 矢田はエルスウェムヤダの切れ端であり、能力が制限されていたような節もあったので、地球に対してクリティカルな攻撃は出来なかったのだろうが、もしそれが出来ていれば危なかったかもしれない。


 そして、それこそが地球が大福にコンタクトを取ることが出来なかった理由にも繋がるのだろう。


 エルスウェムヤダに牽制されていた地球はほとんどの行動を阻害され、こうやって青葉の身体を借りて大福と対話する事も出来なかったのだ。


 敵の牽制が緩んだのは、察するに本体を呼び寄せるために他に手を割いてる暇がなくなったか、もしくは牽制の必要性すらなくなったのかもしれない。


 つまり、勝利を確信した可能性がある。


 エルスウェムヤダは矢田や蓮野を使って自由に情報収集し、秘匿會にまで入り込んでいた。手の内は全てバレていてもおかしくはない。


「こちらの切り札が看破されたとなれば、次善策じぜんさくを講じる必要があります」

「それが俺、ってことか」


「はい」

「……いや、でもおかしくないか?」


 矢田の事が話題に上がったことで、大福は一つ思い出すことがあった。


「矢田は俺を覚醒させたがっているようだった。俺がミスティックとして覚醒することでアイツが不利になるなら、そんなことしないはずだ」

「エルスウェムヤダの目論みは、あなたをミスティックとして覚醒させ、朝倉ハルを消費させることだったのでしょう」


「……そうか。ハル先輩が対ミスティック用の劇薬であるなら、俺がミスティックに覚醒してハル先輩を取り込めば、対消滅する」


 先ほどの地球の話では、人間とミスティックを近付ければ、両者共に消滅するということだった。


 つまり、ミスティックに覚醒した大福とハルが近付けば、両者共に消え失せ、地球は何の対抗手段も持たなくなる。


 しかし、だとすれば当然の疑問が発生する。


 今日に至るまでの長い間、大福はハルと少なからず触れ合っていた。

 大福がミスティックであるなら、その時にハルと強烈に反応し、両者は対消滅していたはずである。


「……じゃあ、俺が今も生きてる理由って何だ?」

「それはあなたの出生に秘密があります」


 地球に言われ、大福は気分の悪い映像をフラッシュバックした。

 ウノ・ミスティカに捕らえられ、酷い拷問を受けた木之瀬きのせ美樹みきの胎内にミスティックが宿った時の映像。


「あなたは木之瀬美樹の胎内に宿ったミスティック、オルフォイヌの要素を引き継いでいますが、人間としての部分も持ち合わせます」

「……つまり、半分人間で半分ミスティックってことか?」

「割合は定かではありませんでしたが、そう言う事です。そして、あなたが成長し、奈園を訪れ、朝倉ハルと交流を深めた夏の日、あなたと朝倉ハルは直接接触をしました」


 キスの事だが、『直接接触』と表現されると、なんだか逆に恥ずかしい気持ちにもなる。


 だが、それを咳払いで誤魔化しつつ、地球に先の話を促した。


「あの時、あなたの中に朝倉ハルの毒が流れ、高熱に浮かされ、長い間生死の境をさまよいました」

「そういや、あの後、長い事入院する羽目になったな」


「あの時、あなたの中のミスティックの部分が全て死滅したのです」

「……ん? 全て?」


「そうです。今現在、あなたの身体を構成しているのは十割、人間です」

「じゃ、じゃあ俺の持ってる変な能力は?」


「それはミスティックに由来するものですが、ミスティック由来の特殊能力を持つ人間というのは多くいる、というのはすでにご存じでしょう」


 秘匿會のコード能力、そしてウノ・ミスティカのミスト能力は、ミスティックが影響した結果、人間に宿ったものである。


 そのミスティックからの影響が誰よりも強かった大福は、特別強力な能力を得たということだ。


「つまり、俺は……」

「ミスティックに比肩ひけんするほどの能力を持ち合わせる、ただ一人の人間です」

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