2-2 珍奇な来訪者
「……なんだか、懐かしい夢だったな」
ぼんやりと目を開けると、そこは真っ暗な空間であった。
大福は自分がいつも通り、椅子に腰かけながら眠りこけていたことを自覚する。
「時刻は……昼前ぐらいか」
端末にくっついていた充電ケーブルを外し、時計を確認すると、午前十時くらい。
全く日の光が見えないこの部屋では、端末こそが時間という概念を意識できる物体であった。
大福はこの何もない部屋に、一か月以上、籠りっぱなしであった。
足元には充電ケーブルが伸びており、それで端末の充電は出来るものの、電波は届いておらず、外部と連絡を取ることが出来ない。
また、誰一人としてこの部屋を訪れないため、飲食に関してはこの一か月、全く行っていない。
それでも大福は五体満足であった。
喉の渇きも空腹も感じない。
体臭などは自覚しにくいが、おそらく風呂に入っていなくても清潔なままだ。
これもまた、ミスティックとして覚醒したことに付随する恩恵なのだろう。
大福は無意識のうちに、自分のコンディションを最高の状態で保つよう、能力を使っているのである。
「恐ろしいもんだね。無意識ってのは」
誰もいない部屋に、大福の独り言だけが
何の音もしないこの部屋では、一人きりであろうと何か喋っていないと耳鳴りで頭がおかしくなりそうであった。
いや、こんなところに一人で居続ける事を自ら選んだ時点で、大福は少し気が触れてしまっていたのかもしれない。
「もう十二月に入ったのか。……外はどうなってんだろうな」
外の様子に思いを
冬の訪れた奈園というのは、全く想像がつかなかった。
何せ大福は奈園に来て一年目である。冬の様子はチラリとも見た事がない。
クリスマスムードの町中も、寒風に首をすぼめるコート姿の人通りも、奈園学園の冬用の装いだって袖を通していないままである。
学校指定のコートや防寒具などがあったのだが、そこそこデザインも良く、大福もそれを身にまとうのをちょっと楽しみにしていたくらいだったのだ。
「きっと、ハル先輩も似合うんだろうな」
ふと思い描いたのは、冬の装いのハルであった。
厚手のコートにフワフワのネックウォーマー。長い黒髪がふわっとエンペラを作り、ほっぺを紅くしてニッコリ笑う姿。
一か月も会わなくても、自然と幻視出来る。
何せ、半年以上も一緒にいたのだ。すぐに忘れろと言う方が無理な話だ。
「……くそ、情けないな。こんなことで決意が揺らぎやがる」
ちょっとしたことで、大福はすぐに外への想いを
その度、自分が下した封印処理を受け入れるという判断に後悔するのだ。
だが、それでもへこたれるわけにはいかない。
たった一か月くらいで
きっとハルにだって愛想を尽かされてしまう。
「くそぅ、俺をなめるなよ。俺は一度言った言葉はなるべく覆さない男。封印されると言えば、そうするのだ」
気合を入れなおし、大福は椅子に座りなおす。
かと言って、何をするわけでもない。
暇なら眠れば良いのだが、先ほど目覚めたばかりでは眠気も訪れてはくれない。
何か手頃な暇つぶしがあればいいのだが、端末は外部と接続が断たれているし、他に遊び道具の類があるわけでもない。
また手持無沙汰な時間が始まろうとしていたのだった。
そこへプシュ、と。
なんだか気の抜けるような音がすると、薄暗闇だった部屋に光が転がってくる。
「なんだ……?」
唐突な展開に、大福は動揺しながらも光の方を見やる。
久々の光に眼球が痛くなるようだったが、それもすぐに適応した。
そこにいたのは、少女。
「ハル……先輩?」
「違います」
問うた言葉に、返事が返ってくる。
その声には聞き覚えがある。
「青葉か!?」
逆光になって確認しづらかったが、それでも現れた人影は確かに青葉であった。
「どうしてお前がここに!? 俺の居場所は知らされてないはずじゃ……!?」
「ええ、この少女はあなたの居場所を知りません」
「……んん?」
喋り口に違和感を覚え、大福は再度、警戒を強める。
「お前……青葉じゃないのか?」
「はい。私は今、この少女の身体を借りているだけにすぎません」
「テメェ……青葉になにをした!?」
「落ち着いて下さい。森本青葉には危害を加えてはいません」
殴りかかる寸前であった大福に対し、青葉(?)は
その態度に毒気を抜かれ、大福は握った拳を解いた。
「……じゃあ、アンタは誰で、何の目的でここに来たんだ? エルスウェムヤダか、もしくは別のミスティックの手の者か?」
「どちらも違います。私は――」
青葉(?)が指をパチン、と鳴らすと、真っ暗だった部屋にどこからともなく明かりが灯る。
部屋全体が明るく照らされ、大福は久々に自分の姿をまともに確認できた。
そんな部屋の中に歩みを勧めつつ、青葉(?)は自己紹介を続ける。
「――私は、あなた方が神、あるいは地球と呼ぶ存在です」
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