1-5 彼女の天秤

 白昼堂々、街のど真ん中で起きた大爆発。


 公民館の前を通る歩道が弾け、黒煙を上げて炎が立ち上る。

 何も知らない人間からしたら、急に起きた爆破テロとでも思うだろうか。


 これがただ一人の少女に向けて行われた凶行だとは、想像もするまい。


「支部長!」


 全力を込めた一撃を放ったことで、その場に尻もちをついてしまった日下に、羽柴が駆け寄る。


 羽柴もまともに動ける状態ではないはずだが、それでも守るべき上司を前に気丈にふるまっていた。


「大丈夫だ……少し休めば、なんとかなる」


 羽柴の腕を借りて立ち上がり、日下は爆心地を見やる。

 殺す気で放った大技であった。


 だが、本当に死ぬとは思っていなかった。


 何せ、ハルはミスティックに対する最後の切り札でもある。


 そんな彼女を秘匿會支部長である彼が自ら手にかける理由など、そうそうありはしない。


「殺してしまったのですか……?」


 羽柴が心配そうに確認してくるが、日下は何も答えない。

 立ち上る火と煙を見て、厳しい表情を崩さなかった。


 何故ならば――




「この程度の攻撃、矢田くんなら一瞬で十数本、繰り出していましたよ」




 炎が一瞬で掻き消える。


 まるで何事もなかったかのように、彼女がそこに立っていたのだ。

 服の裾に付いたすすを払い、奇妙な形に抉れた歩道を歩き、日下達に近付く。


 ハルはかすり傷一つ負っていなかったのである。


「は、はは……こりゃ予想外だ」


 少しは傷をつけられると思っていた。

 だが、それすらおごりだったのだ。


 地球の娘というのは、予想外に規格外だったのである。


「日下良助さん、あなたは稀代きだい逸材いつざいでしょう」


 ハルが近付きながら、声をかける。


「本来、一種類しか持ち合わせる事のない能力を複数種類使う事が出来、リーダーとしての資質を備え、相応の技術と知識、そして経験すらも持っている」


 ハルの評価は、実際に妥当なものである。


 コード能力はミスト能力と同じく、本来一種類の能力しか持つことが出来ないはずであった。


 だが、日下は秘匿會の研究によって複数種類の能力を持つことが出来る様になった最初の例であり、現状では最後の一例でもある。


 出来上がったこと自体が奇跡とまで思わせるほど、完成したコード能力兵器。

 それが日下良助という人間であった。


「ですが、そんなあなたでも私に及ばない」


 日下の目の前に立ったハルは、無慈悲にもそんな言葉を投げかける。


 しかしこれもまた、妥当な評価である。


 日下が放った最大の技。

 あれは夏のとある事件の際、ミスティックである矢田やだ鏡介きょうすけという少年が見せた攻撃方法に酷似している。


 違っている点と言えば、矢田はあのビームを同時に複数本、操っていたところか。


 日下が一発撃つだけで身体に力が入らなくなるほどの反動を持つ攻撃を、矢田は難なく数十本放っていたのである。


 それが単なる能力者とミスティックとの力のへだたりというわけだ。


「わかったなら、大福くんの居所を教えてください」

「それは……出来ない!」


 力の差は歴然と示された。

 しかし、それでも日下は折れない。折れることが出来ない理由がある。


「どうして!? 勝負はついたはずでしょう!」

「それでも! 私が秘匿會の支部長なればこそ、口を割れない理由がある!」


 自分を鼓舞するかのように大声を出しつつ、日下は羽柴から離れ、ネクタイを正し、ハルの前に胸を張って立つ。


 対して、ハルは負けじと日下を睨みつけた。


「本当に大福くんがミスティックとして、人類にあだなすと思っているんですか!?」

「可能性がないとは言えない。そしてそうなった場合に我々には明確な対抗策がない。皮肉にも今、君がそれを証明してしまったからね」


 日下の最大の技がハルに通用しなかった、という現実を今しがた見せられた状況で、対応できない事態を引き起こす可能性のある選択肢は取れない。


 大福が善良な心を保ったままであるという保証はどこにもないのである。仮に極々低確率だったとしてもゼロでなければ安心はできない。


 そして秘匿會支部長という座に座っている日下には、そんな危ない状況が起こってしまう可能性をはらんだ大福を自由にするなんてことは絶対にありえないのであった。


「それに、君と大福くんが共に歩めば、君の望む『普通』は手に入らないぞ」

「……ッ!」


 日下にそれを言われて、ハルは少し黙った。


 元々、ハルは『普通』が欲しくて、歪んだ生活を送っていた。


 自分がどうしようもなく異常であるのは理解しつつ、それでもどうにか普通に近付きたくて、普通に学校に通って、普通に授業を受けて、普通に友人と談笑し、普通に学生生活を送っていた。


 その裏には秘匿會の甚大じんだいな努力も付随ふずいしており、ハルのワガママによって秘匿會の面々には多大なる迷惑をかけていることは、ハル自身も痛感していた。


 だが、それでも夢を捨てきれなかった。


 普通であるという夢。

 普通になるという希望。


 泣くほどに欲しがった普通が、おそらく大福と共には得ることは出来ない。

 何せ、大福も普通ではなかったから。


 ミスティックであるという異常を内包した大福は、ハルの異常さをより強めるだろう。


 二人が並び立てば、地球上でもダントツの異常カップルの出来上がりだ。


 最早普通などは望むべくもない。


「君が『普通』を望むのであれば、異常な彼と共に歩むべきではない。君の望む『普通』は私たちが与えてやる。君のこいねがった夢を、こんなところで諦めるのか!?」


 ハルの欲求に対して強く問いかける日下の言葉に、ハルは一度目を閉じ、深呼吸を挟んだ。

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