1-4 日下の全力

 無遠慮ぶえんりょに間合いを詰めてくるハルに対して、護衛のコード能力者が能力を操る。


 彼らの能力はそれぞれ炎を操る能力と、サイコキネシスらしく、ハルの周りに火種のないところから爆炎が湧き立ち、それが奇妙に変形してハルの周囲をドーム状に覆う。


 赤々とたける炎は、ゴウゴウと音を立ててハルを威嚇いかくするかのようにうねるのだが、ハルはそれを全く意に介した様子もなく、また一歩、足を進める。


 その顔には汗の一つも浮いておらず、豪炎を前にして熱さを全く感じていないかの様ですらあった。


「手品に付き合っている暇はありません」


 咆哮ほうこうを上げる炎の中からでも、よく通るハルの声が日下達の元に転がってきた。


 普通の能力者であれば一瞬で丸焼きに出来るくらいの熱量を放っている炎であったが、ハルの毛先を焦がす事すら出来ていなかったのである。


「我々と朝倉嬢でこれほど力の差があるとは……ッ!」

「羽柴!」


 歯噛はがみする羽柴に、日下が声をかける。


 準備が整った事を告げる合図であったのだが、それに対して羽柴はアイコンタクトでのみ答えた。


 次の瞬間、羽柴の姿が消える。


 綺麗にならされた歩道がひび割れ、圧力に耐えかねたアスファルトがとげとげしくそり立つ。


 それは、単純な踏み込み。


 羽柴は自身の能力で身体能力を極限まで高め、その脚力でもって地面を蹴ったのである。


 瞬速の踏み込みは、たった一歩で十メートルは開いていたハルとの距離を詰めたのだった。


 同時に、炎が断ち割られる。

 羽柴の花道を開けるかのように、ぽっかりと口を開いた炎。


 炎によって視界がさえぎられていたハルにとって、羽柴の急襲は不意打ちになったはずだ。


 そんなハルに向けて、二メートルを越える巨体を持つ羽柴が、その剛腕を振り降ろした。


 全く一切の躊躇ちゅうちょもなく、大の大人が少女に向けて、ガチのパンチを繰り出しているのである。


 傍から見れば文句の一つも出て来そうな光景であったのだが、しかし。


「聞こえませんでしたか?」


 ハルが突き出した左手によって、羽柴の拳は易々やすやすと止められていた。

 反動で、ハルの足元のアスファルトがバキバキに割れ、地面が陥没かんぼつする。


 それでもハル自身には全くダメージが通っていない。


「手品に付き合っている時間はないんですよ」

「くっ……!」


 少女の細腕に拳を止められたことで、羽柴は何を思っただろうか。

 しかし、そこで挫けているわけにもいかない。


「おぉぉああ!!」


 気合と共にもう一発、ハルに向けて拳を叩きこむ。


 大人げの欠片もないガチパンチが二発目だ。


 体格差のある両者では、必然的に羽柴が撃ち下ろす形になる。


 単純な殴り合いにおいて、上下差というのは明確な有利不利がある。


 物理法則に従って上から下に撃ち下ろした方が、単純に勢いと威力が乗るのだ。


 また、体重差というのも大きく影響し、体重が重たい方が威力のある攻撃を放てるのは当然の真理と言えるだろう。


 だからこそ、普通ならばハルは殴り飛ばされて終了。

 そうなるはずなのである。


「羽柴さん、少し強くいきますよ」


 だが、羽柴の腕がいなされる。


 撃ち下ろしてきた羽柴の腕が、ハルの腕によってベクトルをずらされ、インパクトの瞬間を完璧にスカされたのだ。


 きょを突かれた羽柴は、悪寒おかんを覚えただろう。

 すでに、ハルが反撃の体勢を取っているのだ。


 羽柴の拳をいなした腕を畳みつつ、完全にインファイトの距離であった両者の間合いを、もう一歩詰める。


 何せ、腕の長さで言えば、ハルが大きくリーチで負ける。

 そこでさらに間合いを詰め、ハルの距離に羽柴を収めたのである。


 反撃が来る。羽柴の本能がそう告げていた。


 だが、羽柴が防御をしようにも、ハルのカウンターのタイミングは完璧であった。

 羽柴の反応の一切を許さず、流れるような挙動で震脚しんきゃくを踏む。


 恐ろしく静かであったが、力の込められた震脚によって、次に訪れる攻撃の威力が窺い知れた。


 直後、ハルによる両手掌打が羽柴の胴体にぶち込まれた。


「がっ……!!」


 まるで身体を突き抜けるかのような衝撃。


 胴体の真ん中に大穴がぽっかり開いてしまったかと思ったほどである。

 そうでなくとも臓物ぞうもつが弾け、背骨が粉砕されたかと思った。


 実際、身体強化の能力を施した羽柴でなければ、まず耐えられないような攻撃だったのだ。


 ハルは羽柴の強度がどの程度なのかまで把握して、ギリギリのところで手加減を加えて攻撃しているのである。


 これで羽柴は無力化した。

 ハルもそう思っただろう。


 だが、そうはいかない。


「ぐっ、おおぉ……!」

「なっ!?」


 羽柴はハルの攻撃を受けてなお踏みとどまり、口元から血を垂らしつつも笑みを浮かべた。


「小娘に倒されたとあっては、支部長の懐刀ふところがたな名折なおれなのでな!」

「今日はよくしゃべりますね……ッ!」


 羽柴が踏みとどまったのは、ハルにとって予想外ではあった。


 それでも羽柴は満身創痍まんしんそういだろう。これ以上、まともに戦闘は続けられないはずだ。

 であれば彼を押しのけて、日下に肉薄にくはくすれば良いだけの事。


 そう思ってハルは羽柴に向けて手を伸ばした……のだが、


「支部長!」

「おう!」


 ハルの手が触れる寸前に、羽柴がその場を大きく飛びのく。


 羽柴の巨体によって塞がれていたハルの視界が、突然大きく開けた。

 そこに待っていたのは、突き出した掌に強烈な光を集めていた日下だ。


 それを見た瞬間に悟る。


 日下の手に集まっている光、あれは殺意の塊だ、と。


 詳細が何かわからずとも、あの直撃を受ければタダではすまない、と。


「死んでくれるなよ、朝倉さん」


 捨て台詞と共に、日下がその光を解放する。


 無理やり一所に圧し留められていた光は、解放された瞬間に逃げ場を求めて拡散する。


 その逃げ場というのに一定の指向性を持たせる事によって、対象へ向けてビームを放つ。


 それが日下の切り札であり、最大の大技であった。

 その移動速度は光速に匹敵するほど。


 まず間違いなく回避は不可能。発動を見てからの防御というのも現実的ではない。

 ゆえに必殺。


 羽柴や他の護衛の作り出してくれた時間によって完成した、出力百パーセントの大技である。


 その光は文字通り瞬く間にハルへと向かい、大爆発を引き起こす。

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