1-3 さながら魔王

「安心してください、手加減はしますよ」


 そう言って不敵ふてきに笑むハル。


 対して日下は、周りの護衛に首肯しゅこうだけする。

 日下の合図を受け、護衛の内の四人がそれぞれ、武器を構えた。


 二人はスタンガンを仕込んでいる特殊警棒、そしてもう二人は拳銃である。


 特殊警棒から発される電撃は、象すらも一瞬で気絶させる程度の衝撃をもたらし、普通の少女に向けて振るうものではない。


 拳銃などは言わずもがな、殺傷力は折り紙付きである。


 たった一人の少女、ハルを前にして、殺意を全く隠さない護衛たち。

 だが逆に、この程度で彼女が死ぬとは思っていない。


「殺すつもりでかかれ。でないと、相手にすらならないぞ」

「了解!」


 日下の忠告を聞き、護衛たちが散開する。




 左右に広く展開した護衛が、何のためらいもなく拳銃の引き金を引く。


 火を噴いた拳銃から放たれる弾丸は音速を超え、轟音を上げて空気の壁を割る。


 ハルの頭部に狙いがつけられており、なんの障害もなければそのまま頭蓋ずがいを割り、脳をぶちまけて死亡するはずであった。


 だが、それを許すわけもない。


「私を殺すつもりなら、拳銃では心許こころもとないでしょうね」


 カイン、カインと音を立てて、空中で銃弾が弾ける。


 跳弾ちょうだんの際に火花が散ったところには、見た目には全く何もないように見える。

 だが、そこにはハルが発生させた強固な壁が存在していたのだ。


 ハルの周りを囲うように展開した壁は、何物をも通さない強度を持っている。


「それで進行を阻んだつもりかッ!」


 日下の声が聞こえたかと思うと、警棒を持っていた二人がハルの目の前からパッと消える。


 直後、ハルの背後から現れ、警棒を振り上げていた。


(日下さんのコードか……)


 秘匿會の會員のうち、幾人かが持っている特殊能力、コード。


 敵対組織であるウノ・ミスティカの能力者が持っているミスト能力とはちょっと違い、対ミスティック用に調整されたモノであるのだが、根っこの部分は同じである。


 人間が通常、持ち合わせる事がない超常現象を発現はつげんさせる能力。それがコード。

 今まさに、護衛二人を瞬間移動させたのも、コード能力の一つである。


 ハルの発生させた障壁すらも飛び越え、彼女が間合いに収まるところまで移動してきた。


(おそらく、武器を構えていない、残りの四人がコード能力者か)


 ハルは冷静に相手の戦力を分析する。


 開戦直後にこちらへ向かって来た四人は、物理的に敵を排除する役目を持った護衛。


 そして日下の周りに待機している四人が、能力者に対する抵抗力を持った護衛なのだろう。


 日下は敵対組織ウノ・ミスティカにもよく狙われる。


 ウノ・ミスティカ側も支部長を狙うとなればミスト能力者の動員もいとわないだろう。


 その時のために、日下の周りにはコード能力者の護衛が常に付き従っている。


(先に対処するなら、向こうか)

「どこを見ているッ!」


 ハルがコード能力者を品定めしているうちに、彼女の頭部に目掛けて特殊警棒が振り降ろされていた。


 バリバリと音を立てて帯電たいでんする警棒は、少しでも触れれば感電し、一瞬で気絶してしまうだろう。


 脅威度で言えば拳銃と同じくらいに、一撃必殺の武器と言っても良い。

 しかし、それに対応しないわけもない。


「退いていてください」


 ハルが少し腕を振るだけで、彼女を中心にして突風が渦巻き、近寄って来ていた護衛二人を吹き飛ばす。


 大の男が、それもガチガチに訓練した男が二人、空中に巻き上げられる光景というのは、目の前で見せられても現実味のないもので。


 まるで夢でも見せられているかのような展開に対し、思考が一瞬止まりかけたのだが、二人が地面に叩きつけられる大音で現実へと引き戻される。


「うぐっ!」「ぐえッ……!」


 巻き上げられた二人の方も、まるで夢見心地だったのか、受け身を取るのも失敗して地面に叩きつけられてしまったため、しばらく起き上がる事すら出来なさそうであった。


 直後、ハルの周りで渦巻いていた突風は、拳銃を持っていた二人に襲い掛かる。


 まるで不可視ふかしの大蛇がうねるように、突風は護衛二人を締め上げるようにして彼らを取り囲むと、彼らの持っていた拳銃をバラバラに分解し、パーツを粉々にして周りにまき散らした。


 護衛二人もしながら空中を舞い、そのまま重力に引っ張られて地面に激突する。


「さて、これでそちらの戦力は半減しましたが」


 ほんの二、三分の間の出来事である。

 たったそれだけの短い時間で、訓練された秘匿會の護衛を四人、無力化した。




 この展開は日下にとっても少し想定外であった。


 初手でハルを無力化出来るとまでは思っていなかったが、それでももう少し善戦できるとは思っていたのだ。


 物理的な手段を持った前衛を、コード能力者の後衛がサポートして立ち回る。


 そうすることで、いくら相手がハルとは言え、ある程度の時間稼ぎは出来ると踏んでいたのだ。


 それが、まさかの瞬殺。


 コード能力者がサポートをする暇すらなかった。


 辛うじて、日下が警棒持ちの二人を瞬間移動させる事が出来たぐらいで、それ以外に茶々を入れる隙がなかったのである。


「対ミスティックの戦法も練り直さなければならないか」

「先の事より、今の対処を」


 冗談を言う日下に対し、彼の前に立っている羽柴が口を挟む。

 確かに、このままでは日下陣営はあと三分で全滅だ。


「もう一度尋ねます」


 ザリ、と足音がして、日下達はそれだけで身構えた。

 一歩、彼らに向けて踏み出していたハルが、声をかけてきている。


「大福くんの居場所を教えてください」

「……断る」


 ハルの要求はシンプルに一つであったが、日下にはそれを受諾じゅだくすることは出来ない。


 仮に、ハルに大福の居所を教えたとしても、大福が外に出てくるとは限らない。

 だが、その可能性を産み出す選択肢を選ぶこと自体が愚策ぐさくなのである。


 それを回避できる方法があるのであれば、優先順位は言わずもがなだ。


「これで勝ったと思われては困るよ、朝倉さん。勝負はここからだ」

「……わかりました。では実害の多寡たかではなく、お互いの納得を優先しましょう」


 未だ交渉の椅子すら用意されていない。

 それを理解したハルはもう一歩、前に踏み出す。


 その姿はさながら、魔王のようですらあった。

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