1-2 力尽くでも

 彼女の姿を見て周りの護衛はとりあえず武器から手を放したものの、日下は怪訝けげんな表情を緩めない。


「どうして君が私のスケジュールを把握しているんだ?」

「私に不可能なことがあるとでも思ってるんですか?」

「……それはそうだ」


 ハルは地球の娘としての能力を、ほぼ完璧に開花させている状態だ。

 今のところ、彼女は本当に『何でもできる』と考えていい。


 どれだけ秘匿會が日下のスケジュールを隠し立てても易々やすやす看破かんぱされるだろう。

 実際はハルの行動の立案からサポートまで真澄が行っていたのだが、それをハルが正直に告白する義理もない。ここはハルの能力によって暴いたとする方が無難だ。


「さて、日下さんにもスケジュールがあるでしょうから、手短に終わらせましょう」


 そう言って柔和にゅうわな笑みを浮かべるハル。

 だが、その笑顔に安心できる要素など何もない。


 日下にだってハルの要求はわかっている。そして、それを飲むわけにはいかない事も。


「先に言っておくが、大福くんの解放というのは無理な話だ。そもそも、今回の措置は彼が望んだ事でもある」

「それはわかっています。だから、私と大福くんに、少しだけお話をするだけの機会が欲しいんですよ」


 日下の先手を読んでいたハルも、易々とは引き下がらない。


 大福は自分から望んで秘匿會に封印された。大福も自分が危険なミスティックである事は自覚しているためだ。


 もし、大福が封印を拒んでいたなら、秘匿會が独力でミスティックの封印を行うのはかなりの重労働になっただろう。


 犠牲者も多く出ていたかもしれない。


 そこから推測しても、大福が自ら封印を望んだのは疑うべくもない。


 だが、それでもハルはこれを譲れない理由がある。

 そして、それと同様に日下にもハルの要求を退けなければならない使命がある。


「朝倉さんと大福くんには、話す機会を設けたはずだ。文化祭の時に充分な時間があっただろう?」

「あの時は大福くんが勝手に結末を決めていた状況でした。私は何も知らされず、あの人が勝手に決めた事に口出しをする暇もなかった」


 実際、大福は独断で封印を決定した。

 そもそも、ハルに相談するようなことでもない、とすら思っていたのだろう。


 その判断がハルの感情を逆撫さかなでするとも気付かずに。


「会う機会をもらえるなら、大福くんを一発ひっぱたいてやるつもりです」

「……そして? そのあとは仲良く封印を脱出するか? 認められないよ、それは」


 ハルの最終的な望みは、おそらくそれだろう、ということは火を見るより明らかだ。


 ハルは今回の大福や秘匿會の決定に、何一つ納得していない。

 それを覆すのが目的だというのは、誰にだってわかる。


 だからこそ、秘匿會の支部長としては、ハルを大福に近付けるわけにはいかない。


「朝倉さん、私はね。一人の秘匿會の會員として、ミスティックを野放しにすることは出来ない。幾ら大福くんが、朝倉さんの能力開花に対して多大なる貢献こうけんをしてくれた人物だとしても、だ」

「どうしても、ですか」

問答もんどうの余地はない」


 全く取り付く島のない日下。

 ハルもこうなることは半ばわかっていた。


 この問答に何の意味もないから、日下はハルとの話し合いを避けていたのである。

 だからこそ、ハルも強硬手段に出ざるを得ない。


「あなたがそう言うのであれば……ッ!」


 ハルの黒い瞳が、にわかに赤みを帯びる。


 これは地球の娘としての能力を最大限発揮する時に現れる兆候ちょうこう


 ハルは全くの手加減無しで、能力を使うつもりなのだ。


 そしてその内容とは、強い催眠。

 日下の精神に影響し、その思考を捻じ曲げる。


 そして日下の口から『大福を解放する』と言わせるのだ。


 ……しかし。


「無駄だよ、朝倉さん」

「……なッ!?」


「君の能力は強力すぎるくらい強力であることはわかっている。対抗する手段があれば、それを講じるさ」

「まさか、大福くんが……!?」


 過去にもこういう事があった。


 大福がミスティックであるという事実が、完璧に隠蔽いんぺいされていたのだ。


 ハルは他人の思考を盗み見る事が出来る。少しでも怪しさを覚えれば、その人間の思考を読み、企みを看破することなど容易たやすいのである。


 だが、その時はそれが出来なかった。

 原因は大福によるガードである。


 大福の封印に関わるあらゆる人間に対し、精神防御の能力がかけられ、ハルの能力が通じなかったのである。


 ハルの『何でもできる』と言われた能力ではあったが、それはどうやらミスティックに対しては無意味らしい。


 ゆえに、ミスティックである大福が日下などに精神防御をあらかじめ施しておけば、ハルによる催眠も全く無効化出来るわけだ。


「大福くんは、そこまでして……ッ!」

「わかったらそこを退きなさい。私たちは忙しいんだ」


 ハルを押しのけて公民館へ入ろうとする日下。

 だが、それはハルが一度、地面を強く蹴るだけではばまれる。


 強烈過ぎる突風がハルの背後から吹き荒れ、日下を含め、護衛たちすらも圧し留めたのだ。


「……朝倉さん」

「一筋縄では行かないことはわかりました。……ですが、私も伊達酔狂だてすいきょうでここに立っているわけではないんですよ」


 尋常ではないハルの様子を見て、護衛が再び武器に手をかける。

 日下も余裕の表情を崩し、額に冷や汗が浮いていた。


 何せ、ハルもまた脅威度で言えばミスティックと遜色そんしょくないのである。

 敵対すればタダでは済まない。


「力尽くでも話してもらいますよ、日下さん」

「まさか、こうなるとはね……」


 日下が予想した中でも、かなり悪い方の展開がなされた現状に、奥歯を噛んだ。

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