1-1 お話しましょう


 奈園島は日本近海に浮いている島である。


 表向きには技術の粋を集めた見本市であり、街の形をしたテーマパークにも近い。


 国内外からあらゆる技術を集め、机上きじょう空論くうろんであろうとコスト度外視で実現させていたりするため、見方によっては本当に魔法の世界と疑ってしまう面もある。


 それらを目の当たりにした島外からやって来た人間は、街を埋めつくす未来技術の集合に目を輝かせ、気分を高揚させる。


 だが、そんな未来技術の集合地である奈園でも、どうしようもない事がある。


 それが土地面積だ。


 島である以上、土地の面積というのはごくかぎられてくる。


 海の埋め立ては環境問題が付きまとうし、沿岸で生活や商売を行っている人間からの反発も強く、現実的ではない。


 今は地下開発を行って、なんとか誤魔化し誤魔化しやっているが、大きな敷地を必要とする施設は作れないのが現状であった。


 例えばスポーツ施設。


 スタジアムやドームなどは全く土地が足りず、公共の体育館すらまともに存在していないのである。


 代わりにVRでスポーツを体験する施設などはあるようだが、臨場感バッチリとは言え、流石に本物のスポーツとはちょっと違う、と言わざるを得ない。


 例えば遊園地。


 奈園がテーマパークのようだ、とは言ってもそれは島外から来る人間から見た感想である。島民からすればいつも通りの日常を、どうやってテーマパークと思えば良いのか、という話だ。


 ジェットコースターや巨大観覧車などが島内に押し込められるわけもなく、これらのアトラクションもVRで仮想体験するのが関の山であった。


 これらの娯楽施設は市民からの要望もあったりして、何度か建設の検討がなされたようだが、物理的な問題に阻まれて棄却されてきた。


 また一方で、娯楽以外の目的で建てられた施設ならば大きな土地を使うことが許容されるようで、それの最たるものが奈園学園であろう。


 島内に三つある学園は、相当広い敷地を持っており、中に初等部から高等部までの巨大な校舎と体育館やプールなどを持ち、学食や講堂、図書館などの施設まで内包している。


 これは教育機関であるため、必要な施設だと判断されたために奈園内にでかい顔で存在しているわけだ。


 その他にも幾つか大型病院など『必要な施設』があるのだが、その中の一つに奈園公民館と呼ばれる多目的会館が存在していた。


 奈園島中部にデン、と大きな敷地を取って建設されており、主におおやけの会合――一時はサミットの開催地候補にも選ばれた経歴もある――などに使われる施設とされている。


 会議なんてリモートでも出来るだろう、とか。そもそも本土から奈園に来てまで会議を行う必要はない、とか。その敷地と金を使って島民のためになる施設を作るべきだ、とか。今からでも別の施設に建て替えるべきだ、とか。


 様々な批判を跳ね除けて建てられたこの会館の前に、今、数台の車が停まった。

 重厚な音を立てて開くドアをくぐり、車内から顔を出したのは日下とその腹心、羽柴はしば泰三たいぞう、そして幾人かの護衛であった。


 日下はこれから公民館で会議を行う予定なのである。


「少し早くついてしまったか?」

「ええ、予定より十分ほど」


 時計を確認する日下と羽柴。


 ハルとの話をする暇もないらしいスケジューリングの彼らは、どうやら本日は巻きで進行しているらしく、到着も予定より早いぐらいであった。


「だったら、少しお話をする時間はありますよね?」


 公民館の入口までの歩道を歩いている途中に、どこからともなく声が降ってくる。

 本来、どこにも開示されるはずのない日下の予定。それを見越して先回りをしている存在がいる。


 その事実を受けて、羽柴も含めた護衛は素早く警戒態勢を取った。


 日下を中心に、三百六十度全てを監視できるように立ち、隠し持っていた武器に手をかけたのだ。


「支部長、早く建物の中に!」


 羽柴の指示を受け、日下は駆け足で公民館に向かう。

 どこから襲撃が来るかもわからない屋外より、公民館の内部の方が護衛はやりやすい。


 だが、そんな日下の前に、どこからともなく人影が現れる。


「君は……」

「今度こそ、お話をさせてもらいますよ、日下さん」


 日下の前に現れたのは、ハルであった。

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