プロローグ 決戦の冬

プロローグ


 十一月が終わり、十二月がやってくる。


 日本の中でも南の方に位置しているとは言え、奈園なぞのにも冬が到来しており、街を行く人々はコートを羽織り、寒風に首をすぼめていた。


 空気の色合いもどこかくすんでいるようにも見え、夏や秋に色鮮やかだった景色も落ち着いた様に映る。


 そんな静かな雰囲気の中でも、街はいつも通り働きづめだ。


 昼夜を問わず、人々は仕事や家事、学業など、様々なデイリーミッションをこなしつつ、忙しく奈園の街を駆け回っている。


 それはいつも通りの風景で、いつも通りの日常である。


 だがそこに、一人の少年がいない事を知っている。



****



「この一か月、ほとんど無駄にしました」


 森本宅にて、リビングの椅子を勧められた朝倉あさくらハルが、ため息をつくようにそう吐き捨てた。


 対面でその言葉を受け取った森本もりもと真澄ますみも、疲れたような笑みを浮かべている。


「ハルちゃんは頑張ったよ。その努力を無駄だなんて言わせやしない」

「結果が伴わなければ徒労とろうです。私は未だに何も出来ていない」


 真澄のなぐさめはハルにとっては自分の無力さをあおるだけのセリフでしかなかった。

 一か月ほど前、十月の終わりごろに神秘しんぴ秘匿會ひとくかいという組織によって『封印処理』が施された少年、木之瀬きのせ大福だいふく


 彼は森本家の居候であり、ハルの恋人であり、そして人類の大敵ミスティックであった。


 人類の常識と平和を守るための組織である神秘秘匿會は大福を隔離し、どこかに幽閉してしまった。ハルや真澄がその詳細な情報を知ることはない。


 何せ二人とも大福とは近しい間柄である。二人に情報を開示して大福が脱走でもしたら秘匿會としては目も当てられないのだ。


 ゆえに、


「お母さん、行ってきます」

「あ、行ってらっしゃい!」


 今しがた家を出て行った真澄の娘、森本もりもと青葉あおばも大福の情報をよく知らない。

 そんな娘が外出するのを見送りながら、真澄は小さくため息をついた。


「最近は青葉も元気なくてね……」

「そりゃ、そうでしょう」


 真澄の言葉を聞いてハルも少し頷く。


 青葉は大福に対して、かなりキツイ対応をしていたようだが、それは好きの裏返しであるのはハルからでもわかった。


 平素は『兄貴風吹かすのがウザい!』とか言っていながら、大福に懐いており、彼の事をしっかり兄だと認めているような節もあった。


 一人っ子だった青葉にとって、大福は頼れるお兄ちゃんであったのは間違いない。

 そんな大福が、急にいなくなった、となれば青葉だって少なからずショックだろう。


 真澄も元気のない娘を見て、心配しきりであるに違いない。


 そんな森本母娘おやこを助けるためにも、ハル個人のためにも、ハルは十一月の間、ずっと秘匿會に訴えかけ続けていた。


 木之瀬大福の封印処理は適切なのか、と。

 しかし、結果はだ。


「まさか日下くさかさんに取り次いですらもらえないとは……」

「一応、日下さんも秘匿會支部長だし、ミスティックが近所で現れたとなればだと思うけど、それにしたって働きすぎ感はあるね」


 日下良助りょうすけとは神秘秘匿會奈園支部の支部長を務める男だ。


 その能力は高く、戦闘指揮から事務作業、直接戦闘から家事全般、ちょっとした医療の心得から日曜大工まであらゆる事をこなす器用さと、それを高次元で実現させる実力を持ち合わせている。


 神秘秘匿會に所属している真澄から見ても、非の打ちどころがない完璧超人ではあるのだが、そんな日下でもミスティックの前では赤子同然である。


 人類の敵たるミスティックは単一の突出した個人がいたとしても太刀打ちできないほど、強大というには強大すぎる存在なのだ。


 そんなミスティックがこの半年で二体も現れたとなれば、秘匿會支部長としては休む間もなく働きづめになるのも致し方あるまい。


 そしてそれにかこつけて、ハルからの直談判じかだんぱんを上手く回避しているようにも思える。


 確かに常道で考えればハルからの物言いより、ミスティックへの対処を優先するだろう。


 だが、それにしたってちょっとお話をするぐらいの時間もないというのは、流石にパワープレイが過ぎる気がする。


「なら、こっちにだって強硬策きょうこうさくを取る準備があります!」

「そう! 私たちをなめてもらっちゃ困る!」


 悪い笑みを浮かべるハルと真澄。


 この一か月を無為むいに過ごしてしまった反動というのはものすごいモノであった。

 最早、この二人はまともな手段では止まることはない。


「これが例のブツよ」


 真澄が差し出したのは小型の記録媒体。

 奈園で広く運用されている携帯端末に直で接続出来るモノで、中に入っていたのは日下の詳細なスケジュールであった。


「真澄さんもワルですねぇ……」

「なんのなんの、お代官様にはおよびませんよぉ」


 クツクツと笑う二人。

 彼女らの言う強硬策が始まろうとしていた。

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