3-7 返せない言葉

 シックな黒い生地に、真っ白なエプロンが映える。


 ザックリ開いた胸元からはたわわな胸が弾けんばかりに主張し、ふわっと広がったミニスカートから覗く脚は健康的かつ色気が漂う。


 頭に着いたヘッドドレスもライトを照り返すように揺れ、長い黒髪は艶やかに光り、天使の環を描いていた。


 整った目鼻立ちはステージメイクなんかしなくても遠目に美少女だと認識させ、完璧すぎるシルエットは老若男女を魅了する。


 そんな彼女がスカートの端をつまんで持ち上げると、ガーターベルトに釣られたサイハイソックスと素肌の境目がチラリと見えた。


 そして、綺麗なカーテシーを決めた少女は、こういうのだ。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 瞬間、熱狂。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」


 その場に集まった男子女子問わず。なんなら教師だってかまわず大声を上げる。

 待ちに待った女王最有力候補の少女、朝倉ハルの登場である。


 それは誰も彼もが正気ではいられないだろう。

 しかも、ハルは今、クラス出し物用の衣装を着ている。


 あれは完全に男性客を狙い撃ちするために作られたフレンチメイドの衣装であり、それを目の当たりにした男性は卒倒そっとうしてもおかしくないほどに、ビジュアルは満点である。


 大福ですら目を奪われた。


 いつも見慣れているはずのハルが、ステージに上り、ライトに照らされるだけでこんなに違って見えるのか。


『いやー、すごい熱狂ですね。流石は学園のアイドル、朝倉ハル嬢。堂々の登場です』


 司会の使っているマイク音声すら掻き消えてしまいそうな観衆の歓声を聞きながら、ハルもちょっと引いた様子で手を振っている。


『どうですか、朝倉嬢。改めてここに上った感想などは』

『え、えっと……正直、こんなことになるとは思ってなかったので、ビックリしてます』


 苦笑するハル。そりゃそうだろう。


 何の理性もなければ、観衆は今にもステージに上ってハルを胴上げでもしそうな勢いだ。


 自分が影響してこんなことになるなんて、一介の女子学生が想像できることではない。


 隣で見ている司会も少し引いている。

 だが、それでも仕事は忘れていないらしく、ハルへのインタビューを続けた。


『この熱狂ぶりでは、結果は見えたも同然ですかね?』

『いえ、これまでの方々も素晴らしい女性だったので、まだわかりません。でも、負ける気もありませんから』

『おぉ! 朝倉嬢にしては珍しく、闘志あふれるコメント! これはアピールタイムにも期待が持てます!』


 ステージ登壇者には一定時間のアピールタイムが用意されている。

 そこで自分の持ち味を出し切り、魅力をさらに押し上げるのだ。


 わずかな時間を利用して、どれだけの事をしでかすか。

 それが問題なのだが、果たしてはハルは……?


『では朝倉嬢、準備はよろしいですか?』

『はい、大丈夫です』

『それでは張り切って参りましょう! 朝倉嬢のアピールタイムです!』


 司会の宣言と同時に他の証明が落とされ、ハルだけを照らすピンスポットだけが残された。


 暗闇に浮き上がるように立つハルは、たったそれだけでも幻想的な風景かのように思えたのだが、さらにである。


 少し俯いていたハルが顔を上げると、そこには満面の笑顔が咲く。

 そして息を吸い、声高らかに。


「だぁい好きだよ~ッ!!」


 マイクを通さない生の声で、愛を叫んだのであった。

 それは間違いなく不特定多数に向けた友愛の言葉である。


 ギャラリーもそれを受けて『あれは俺に言った』『いや私に向けてた』という不毛な争いを始めそうな勢いであったが、大福は一人、思い出す。


 事前にハルが言っていた事。


『ミスコンのアピールタイム、声には出さないけど、最初に『大福くん』ってつけるからね』


 あれはこれを指していたのだ。


 つまり、ハルが行ったアピールタイムは、ただ一人に向けての言葉。


『大福くん、大好きだよ』


 恥ずかしくなりそうなくらい、直球なセリフを受けて、大福はしかし顔を伏せる。

 少し涙が浮き、グーの手を握りしめた。




 ミスコンの結果は言わずもがな、だ。


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