3-6 高まる期待

 ピンポンパンポーン、とお決まりのチャイムが鳴り、お知らせの予兆を伝えてくる。


 続いて、校内にしつらえられたあらゆるスピーカーから放送部の声が聞こえてくる。


『ミスコン参加者の皆様に連絡いたします。もうすぐ集合予定の時間となりますので、講堂までお集まりください。繰り返します――』

「あら、もうそんな時間」


 腕時計を見つつ、ハルはたこ焼きを早めに咀嚼そしゃくする。


 二年の教室で売っていたたこ焼きも、お世辞にも上手い出来、とは言えないながら、独特の味わいがあった。


 大福はまだたこ焼きの残っていたトレーを受け取り、立ち上がるハルを見送る。


「じゃあ、頑張ってください」

「うん。大福くんも、ちゃんと見ててよ?」

「はい。そりゃもうバッチリ」


 何せ大福のためにメイド服をお披露目してくれるというのだから、これで見に行かなければ罰が当たるだろう。


 走り去る途中で、ハルがふと急停止する。


「あ、そうだ」

「どうしました? 忘れものですか?」

「いや、一応、伝えておこうと思って」


 大福の前まで戻ってきたハルは、周りの人を窺うようにキョロキョロすると、大福の耳に口を寄せる。

 そして囁くように言うのだ。


「ミスコンのアピールタイム、声には出さないけど、最初に『大福くん』ってつけるからね」

「……ん? どゆこと?」

「ふふ、楽しみにしてて!」


 大福の疑問を放置して、ハルは再び走り去っていった。

 今度は立ち止まることもなく、そのまま廊下に消えていく。


「なんだろ……?」


 謎に思いつつも、大福はミスコンの開始時間まで適当に時間を潰す事にした。




 噂が噂を呼んだのか、講堂は人でごった返していた。


「マジで出るの?」

「ああ、聞いたもん」


「朝倉さん、メイド服着るって!」

「きゃー、マジ!?」


 どうやらハルがミスコンに出場することが広まっているらしく、ギャラリーは講堂を溢れ、外にまで広がっているらしい。


 急遽、屋外モニターが設置され、講堂内に入れなかった生徒でも観覧が出来るようにしていたが、それでもまだ満足にステージを見る事が出来ない人間は多いようだ。


 幸い、大福は行動が速かったためか、講堂内に入り込むことが出来たものの、ごった返す人波でぎゅうぎゅう詰めだった。


(なんとかステージを見やすい位置にはいるが……うーん)


 これなら屋外でも良かったかな、と思うぐらいには居心地が良くない。

 それでもハルの勇姿を見届けるため、この場は我慢である。


『大変お待たせいたしました!』


 バチン、と音がして照明が切り替わり、ステージだけが明るく照らされる。

 ステージの上には司会役の生徒――よく見ると受付を担っていた女子――が一人、スポットライトに照らされている。


『これより、第一奈園学園の女王を決める、ミスコンを開催いたしまーす!!』


 その開催宣言によって湧いたギャラリーの声は、文化祭開催宣言の時と負けず劣らずであった。


 見る側はこれだけ熱狂するのに、参加者が少ないというのも難しい話だ。


『今回、本イベントに参加してくださった人数は、なんと十二名! どうやら某女子生徒に挑戦しようと、美少女自慢がこぞって参加してくれたらしいです! ありがとー!!』


 いや、どうやら参加者は増えたらしい。


 ハルの宣伝効果も手伝ったのか、それともやはりハルの能力が無意識のうちに発動していたのか、どちらかはわからないが、イベントが盛り上がること自体は悪い事ではあるまい。


『それでは、早速参加者に登場していただきましょう! エントリーナンバー一番!』


 その後、イベントはつつがなく進行する。




 ミスコン参加者は初等部から高等部に至るまで、満遍まんべんなく分布していた。


 まさか初等部のかわいい女の子が出てくるとは思っていなかったギャラリーも、その愛らしい振る舞いにほだされ、メロメロにされていたものだが、やはり高等部の『ハルの参加するミスコンに挑戦する』という意気込みを持った女子たちも相当な猛者もさであり、そちらに目を奪われることもしばしばあった。


 中等部の女子も、あどけなさの残る立ち振る舞いながら、それでもギャラリーを魅了し、大きくイベントを盛り上げてくれた。


 ……そして。




『ではエントリーナンバー十二番! ラストの登壇者はこの人だぁ!』


 宴もたけなわ、最大に盛り上がったところでステージに上がってくる人物。


 今まで誰もが熱狂に声を上げていたのに、水を打ったように静かになり、手に手に持っていたサイリウムも鳴りを潜めた。


 登壇者の靴音すら聞こえてくるかのような静寂。

 誰もが固唾かたずを飲んで、その登場を待ち望む。


 そして、スポットライトが彼女を照らす。

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