3-5 観劇
「あ、先輩、一つ逃せないプログラムがあるんですけど」
一言断りを入れて、大福はハルを連れて講堂へとやって来ていた。
客入りはボチボチ、というところか。
「大福くん、次のプログラムって……」
「ええ、中等部の演劇部の劇です」
端末でプログラムを確認すると青葉が所属している中等部演劇部が行う劇である。
大福も買出しでちょこっと手伝った事のあるその舞台が、無事に完結するのか、それを見届ける責任がある。
……というのは建前で、単純に青葉の演技が見たいだけである。
「青葉ちゃん、退院出来たんだ。良かった……」
「ええ、思ったより怪我も重たくなかったみたいで」
矢田と蓮野がミスティックであるとバレた時、青葉もその場にいて、手酷い怪我を受けたはずであった。
だが、病院に運び込まれたころには、ほとんど怪我もなく、気絶だけしていたのだが、大した入院期間を経ずに退院となった。
そこに何かしらの能力が関わっていたであろう事は、ハルには開示されていない。
「でも良かったの? 青葉ちゃん、大福くんに劇を見られるのとか、嫌がりそうだけど」
「実際、釘を刺されましたよ」
大福が端末を見せると、そこには青葉からのメッセージがあった。
『劇を見に来たら、古今東西ありとあらゆる拷問方法を試した後にコロす』
絵文字もなく、淡々とした文章に本気具合が見て取れる。
「だ、大丈夫なの?」
「へーきへーき。バレなきゃ良いんですよ」
「私がチクっても良いんですけど?」
「それは裏切りでは?」
そんな小突き合いをしていると、ステージ脇に中等部の生徒が現れ、マイクに声を乗せる。
『お集まりの皆様、大変お待たせいたしました。これより第一奈園学園中等部演劇部による、舞姫を上演いたします!』
ペコリ、と小さくお辞儀をしてはける中学生を見送ると、照明が落ち、ブザーが鳴る。
観客の拍手と共に幕が上がり、劇が始まった。
上演されるのは大福が練習を見た通り、森鴎外の舞姫。
ドイツへと渡った医者の卵である豊太郎が、現地で貧乏暮らしをしている踊り子、エリスを見染めて、母親ともども生活の面倒を見ていたのだが……というストーリー。
割とオチがアレなので好みが別れるところだろうし、そのエグさゆえに中学生が演劇として上演するにはちょっと微妙かもしれないな、という感じである。
だが、中等部演劇部はそれを見事に演じ切り、最終的には見事、スタンディングオベーションで幕を閉じた。
****
「なんか、良かったね」
「……俺はちょっと微妙な気持ちですけど」
観劇を終え、講堂を出た後、ハルは良い劇を見た、と晴れやかな顔をしていたのだが、反面、大福は微妙な心境が表情に出ていた。
「なによ、楽しくなかったの?」
「劇自体は良く出来てたと思いますよ。演者も
大福にはどうしても見過ごせない懸念点が一つあった。
「青葉、エリス役だったじゃないですか……」
「ああ、まぁ……そうね」
エリスと言えば舞姫のヒロインである。
ヒロイン役に選ばれたと言えば
そんなお話のヒロインに選ばれたということは、悲しい結末を向かえる青葉の姿を見てしまうということで、兄貴分としては何とも言えない気持ちになってしまうのも無理からぬ話だ。
「……いや、でも青葉はよく演じ切ったよ。中学生であの演技力なら、行く行くは大女優だな! 将来が楽しみだ!」
「うわー、なんか兄バカ見てる気分……」
実際、兄バカではある。
なので大福は『何を当然のことを』という顔で言葉を継ぐ。
「確か、青葉の能力って『神託』だって聞きました。古来、演劇の起源ともなったシャーマンは神からの言葉を受け取る役目だったと聞きますし、青葉が大女優になるのはもう決定事項ですね!」
「はいはい、お薬飲みましょうね~」
「兄バカに効く薬って何……?」
そんなバカ話に花を咲かせていると、不意に大福の端末がアラームを鳴らす。
それはメッセージアプリにメッセージが届いたことを報せるアラームだった。
「おや、青葉からだ。なんだろ?」
どうやら青葉からのメッセージである。
先ほど、舞台の上で堂々たる演技をしていた青葉だったが、そんな早急にメッセージを送るようなことがあったのだろうか?
直近のメッセージが先ほどの『コロす』というモノだったのを思い出しながら、大福はそのメッセージを確認するため、アプリを立ち上げる。
そこに刻まれていた文字は。
『警告はしたぞ』
「ヒェ……」
どうやら観劇したことがバレていたらしい。
****
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