3-4 シャッターチャンスだ!

 飲食系の出し物をしているクラスの書き入れ時も終わり、校内は少し落ち着いた雰囲気が流れていた。


 講堂の方では初等部による劇がもよおされている頃だが、大福とハルは大福のクラスへとやって来ていた。


「へぇ、みんな上手いもんだね」


 教室内には電子掲示板が幾つか立てられ、クラスの人間が撮った写真がスライドショーの様に映し出されている。


 表示されていく写真たちは、粗削あらけずりながらどこか光るものを感じさせる写真ばかりで、案外とクラスメイトも本気でイベントに向き合っていたのだな、と思わされる。


 小鳥を写した写真、ネコを撮った写真、風景を切り取ったモノ、空を切り取ったモノ。


 様々な被写体の中には、当然人間もいる。


 友人、家族、恋人……。

 学生生活を彩り、支えてくれる人々の何気ない表情が、愛情のこもったシャッターによって一枚の写真として切り取られている。


「そういや、五百蔵くんはどんな写真を撮ったんだろ」


 思い出して五百蔵の写真を探してみると、飼い猫を撮っていた。

 ネコにしては随分と大きく、太っている。


 だが、幸せそうに目を細めている姿は、見ているこっちまで心が温かくなる感じがした。


 と、その次に表示された写真の撮影者を見て、大福は表情を固くする。


「……蓮野」


 蓮野かなでも確かにこのクラスの人間であった。


 早めに提出されていた蓮野の写真は、当然この展示会でも映し出されている。

 何気ない、その辺に咲く小さな花。


 白く、ささやかな花びらは、どこか寂しげにも見える。


 それを見て、大福の脳裏には、あの日の蓮野の姿が幻視されていた。


(本当にこうなるしかなかったのか? もっと他に道があったんじゃないのか?)


 どうしようもなかったのに、何か他の道を探してしまって、大福の頭は堂々巡りを始める。


 蓮野は最初からミスティックの欠片が人間の形をとったものだった。

 最初から敵対するつもりの存在であったものを、どうにかして和解するのは難しい話である。


 だが、少しの間の交流が、大福の頭にありえない選択肢を探させる。


「大福くん、キミの撮った写真は……大福くん?」

「あ……」


 ハルが近付いてきたところで、大福の思考が中断された。

 慌てて顔を上げると、神妙な顔をしたハルがそこにいる。


「蓮野さん……矢田くんと同じ、ミスティックだったんだってね」

「あ……はい」


 ハルもディスプレイに表示された蓮野の写真を見たのだろう。

 話題がそっちに持って行かれてしまった。


「先輩もやっぱり、蓮野を恨みますか?」

「そりゃそうよ」


 あっけらかんと返答するハルに、大福は複雑な気持ちを抱える。

 ハルは大事な人だが、蓮野も友人だったのだ。


 二人が殺し合うところなど、見たくはない。


「先輩、俺……」

「あの娘、絶対大福くんに気があったでしょ。恋敵こいがたきってヤツよ」

「……ん?」


 なんだか、思っていたのと違う。


「先輩? 恨みってそう言う方向性のヤツ……?」

「ん、まぁね。矢田くんくらい強烈に敵対してきたら話は別だけど、今のところ、私は蓮野さんに大福くんの取り合い以上の害は受けてないし」


「なんだよ、俺には『ウノ・ミスティカはとても危険! ミスティックはもっと危険!』とか言ってたくせに」

「そりゃ、あの時は大福くんも限りなく一般人に近い立ち位置だったし、危ない存在から遠ざけるのは秘匿會として当然だし。……でも」


 言葉を区切って、ハルはディスプレイに映る小さな花を撫でた。


「一番大きいのは、私の中の意識の変化なのかも」

「意識の変化?」


「うん、私の中で何が大事で、何がそうでもないのか、価値観がちょっとずつ変わってきたように感じるの。……これも大福くんのせいかな」

「俺のせいって……俺は何もしてませんよ? 勝手に責任を押し付けないでください!」

「そう思ってるなら、それで良いよ」


 楽しそうにニコニコしているハルを見て、大福はなんとなくに落ちない感情を抱いた。


 だがそれでも、彼女の蓮野に対する軽い態度は、なんとなく大福を救ってくれたように思える。


 何も解決はしていない。しかし気負いすぎない心構えは出来るようになった。

 落ち着いて、何か落としどころを考えよう、という気持ちにもなる。


「それでさ。大福くんの写真はどこ?」


 蓮野の話に一段落つくと、ハルの興味は大福の写真に向いた。

 大福もこのクラスの生徒である。当然、提出した写真があるはずなのだ。


「ああ、それなら向こうに」

「え、どこどこ?」


 大福が案内すると、特別賞、とタイトルがされたディスプレイに、デカデカと大福の撮った写真が表示されている。


 写っているのは……


「私じゃん!」

「そう。ハル先輩」


「しかも、寝てるじゃん!」

「そう。確か図書館で眠りこけた時に撮った」


「何を勝手に! 肖像権しょうぞうけんの侵害!」

「でも、俺の手持ちには、これを超える写真が無かったんですよ……」


「しかもなに!? 特別賞って!?」

「やっぱりハル先輩の人気の高さゆえですかねぇ。優秀賞は取れませんでしたが、ハル先輩が写真に納まった貴重な機会ということで、特別賞をもらいました」


「もう! もうもう!!」

「痛い痛い」


 ポカポカと肩を殴られたが、青葉のように強烈なパンチではないだけ有情うじょうだろうか。


 その後、ハルはクラス委員に写真の取り下げを掛け合ったが、認識阻害の能力の所為で本人とは認められず、取り下げ申請も却下された。


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