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 その後、大福とハルは一通り、校内のアトラクションを回る。


 大福が挙げた科学部の実験、美術部、書道部、一年のお化け屋敷……それに加えて囲碁将棋部の詰碁詰将棋、講堂で行われた落語同好会の寄席と野外ステージで行われていた吹奏楽部、軽音楽部による演奏も聞きに行った。


 そんなこんなしていると、もうすぐお昼の時間になる。


「小腹が減りましたね。二年生の飲食店を見て回りますか」

「そうね。二組の焼きそばとか盛況らしいよ」

「……そういや、先輩は戻らなくて良いんですか? 八組、メイド喫茶やってるんでしょ?」


 過日、大福はハルの家で、そのメイド姿を見せてもらっていた。

 アレもかなり楽しみにしているのだが、ハルは乾いた笑いを見せる。


「いや、私のシフトは明日なんだって」

「え!? そうなんですか!?」


「なんでも、私のメイド姿という武器を抜くのは、客が興味を削がれた最終盤になってから、とかなんとか」

「……なるほど、先輩のメイドという強力な客寄せパンダを使って、最後の売上を伸ばすつもりですね。さすが特進クラス……こざかしい」


 幾ら学生のメイド姿とは言え、見慣れてしまえば単なるコスチューム。

 そこに特別感がなくなってしまえば、集客力は落ちる。


 何せ、他の『飲食に力を入れたクラス』とは違い、八組は『制服にも力を入れているクラス』なのである。両者のリソースが同等であれば、八組の提供する食品は質で劣ってしまう。


 であれば、自分たちの武器は最大限に活用すべき、と考えたのだろう。

 学園のアイドルを有する八組であれば、その最後の切り札は二日目に切る。


「じゃあ……先輩のメイド姿はお預けですね」

「明日までねー……あっ、ちょっと待って」


「ん? どしたんスか?」

「ふっふっふ、良い事思いついちゃった」


 プログラムを確認していたハルが悪い笑みを見せる。

 彼女の端末を覗くと、表示されていた文字は『ミス第一奈園学園コンテスト』というもの。


「ミスコンなんかやるんスね……今のご時世、外部から文句言われそう」

「別に学生のすることに文句付けるような暇人の言う事なんか気にしないわよ。……それより、今回は私も出るわ!」


「え!? ……ん? 今回『は』ってことは、去年までは出てなかったんですか?」

「あー、うん……まぁね」


 さっきの企み顔とは打って変わり、バツの悪そうな笑みを浮かべるハル。

 それでなんとなく察してしまった。


 おそらく、自分が出ると無意識のうちの催眠で、得票に対して不正を働いてしまうかもしれない、とでも考えているのだろう。


 そんなことしなくても、ハルならトップを取れるとは思うが、本人はそこに何かしらの作為が働いたかも、と斜に構えてしまう。


 難儀な性格だ、と思いながら、大福は話を逸らす。


「では、今年は出場するのには、どんな心境の変化が?」

「このミスコン、出場者の衣装は任意なのよ。だから、ここでメイド服を着れば、大福くんも今日の内に見れるってワケ」


「おぉ! ……いや、でも不特定多数に見られるのはちょっと違う気が……」

「不特定多数って……明日はちゃんとクラスのお仕事するし、普通に不特定多数に見られますけど? なんなら給仕しますけど?」

「それはそうなんですけど……うーん」


 どっちにしろ不特定多数にハルのメイド姿を見られるというのは決定事項だ。

 これがくつがえらないならば、ここで駄々をこねるだけ無駄である。


「わかりました。ギリでオーケィとしましょう」

「うん、ありがと。……なんで大福くんに判断を仰いでるんだろ……?」


 一瞬、正気が顔を覗かせたハルであったが、とりあえずミスコン出場は決まった。


「出場者受付は……お昼の二時まで!? じゃあ、早くご飯食べて、出場申請しないと!」

「いや、先に出場申請しておけば落ち着いて昼飯ぐらい食べられる……」

「大福くん! ほら、早く!」


 変にテンションの高いハルも、それはそれで珍しいものかもしれない、と思い、大福は彼女を追いかけて二年生の教室へと向かった。



****



「これでよし!」


 昼食を終えた後、二人は揃って生徒会室に来ていた。


 そこではミスコンの出場受付を行っており、受付係であった女子生徒もハルが来てちょっと目を丸くしていた。


「え、朝倉さん、今年は出てくれるの?」

「はい。ちょっとむにまれぬ事情がありまして……」


「こっちとしてはイベントも盛り上がるだろうし、ありがたいけど……良いの?」

「もちろんです! あ……そちらのご迷惑でなければ」


 ハルも自分の人気がどの程度のモノなのかは自覚しているつもりだ。

 彼女が参加することで、他の参加者の意欲がそがれる可能性はある。


 しかし、受付係は首を振る。


「こっちは大歓迎よ! マジで今のところ、出場者が全然足りなくてさ。一人増えてくれるだけでも御の字なのよ」

「え? 出場者、少ないんですか?」


「そーなの。やっぱミスコンなんて時代錯誤じだいさくごかなぁ」

「そんなことないです! 楽しそうだと思いますよ」


「そう言ってくれると助かるよ。……出来れば、他の参加者が来るように宣伝とかもお願いしたいな、なんて」

「ええ、私で良ければ、それとなく宣伝しておきます」


 ハルが宣伝を行っても、ラスボスに挑む駆け出し勇者をつのるようなものだろう、とは思うが、それでも受付係も藁をもつかむ思いなのだろうな、と大福は黙って頷いた。


 そんな大福と受付係の目があったような気がする。


「時に、朝倉嬢?」

「はい?」


「そっちの彼は……カレシさん?」

「あっ!」


 慌てて認識阻害の能力を再行使し、受付係の認識を歪める。

 ハルをハルとして認識しないように。


 流石に出場申請をする時には個人認証が必要だろう、という事で能力を切っていたのだが、すぐに再発動させなかった弊害へいがいがここで起きてしまった。


「ほ、ほら、大福くん! さっさと行くよ!」

「え、あの受付の人、大丈夫なんですか? よだれ垂らしてますけど!?」


「大丈夫! すぐに意識を取り戻すから」

「意識失ってんじゃないですか!?」


 なんか咄嗟に危ない事をしでかしたらしいハルに、大福の背筋も少し寒くなった。


****

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