3-1 学園祭当日


「私が美樹先輩の事を知ったのは、青葉が生まれて、育児もある程度落ち着いた頃だった」


 コーヒーを飲みつつ、真澄が呟くように言う。


「私と同じく秘匿會員だった旦那も、仕事中にウノ・ミスティカに殺されて、私は一人で青葉を育てなくちゃいけなくて、色々とてんやわんやで……気付いたころには美樹先輩の事は全部終わってた。大福くんも親戚に引き取られることになってたから、探して会いに行くのも大変だったね」


 昔を懐かしむように、もしくは辛い過去を暴くように。


「……だから、今回の事も、私は全く納得してない。私は、君をこんな目に遭わせるために奈園に呼んだんじゃないもの」


 真澄の対面には朝食を終えた大福が座っていた。


 真澄と同じようにカップを持っているモノの、彼のカップに注がれているのはコーヒーではなく、紅茶であった。


 コーヒーが嫌いな大福のために、真澄が頑張って覚えた紅茶の淹れ方。

 今朝の紅茶も、凄く美味しい。


「ありがとう、真澄さん。俺はその気持ちだけで充分です」

「大福くん……」


 時刻はすでに八時を回ろうかというところ。


 いつもならばこんなにゆっくりしていられる時間はないのだが、大福はそれでも余裕をもって立ち上がる。


 青葉はすでに学校へ出発しており、この場にはいない。

 大福は今日も、いつも通り一人で登校する。


「それじゃあ、行ってきます」

「……うん、いっぱい楽しんで」


 真澄に見送られ、大福は学校へと向かう。


 今日は十月二十六日。


 第一奈園学園の学園祭当日である。



****



 今週一週間は、奈園全域でお祭りであった。


 奈園学園は三つあり、それぞれ北部、中部、南部に一校ずつ存在している。


 これらの学校が同一の日程で文化祭を行うとしっちゃかめっちゃかになるので、日程を分けて開催しているのだが、そのおかげで丸々一週間、文化祭ウィークとなったのである。


 南部にある第一奈園学園では二十六日と二十七日の二日開催となり、本日はその一日目。


 一日目は校外の人間は入ることのできない、完全内輪向けのお祭りとなっているのだが、これもハルを外部の人間に晒さない措置であった。


 もしウノ・ミスティカが校内に入り込んでしまったら、対処が面倒になるため、である。


 そんな秘匿會の努力も空しく、結局ウノ・ミスティカの手のモノが学校内に潜入してしまっていたのは、また別の話。




 大福が路面電車を降りると、すぐそこに学校の校門がある。


 リモート授業が主流となっている奈園学園であるが、ここ一か月ほどの時期はほぼすべての学生が登校しているため、校門がごった返すのも見慣れた光景であった。


 そして、そんな学生総出で行っていた準備が結実けつじつする日、祭り当日ともなればその熱気は今まで以上のモノになっている。


 校門前ですらワイワイと賑やかであり、校門にかぶさるようにさらに付け加えられたウェルカムゲートがきらびやかに来校者を迎え入れてくれる。


 周りの生徒の熱、そして期待を煽る雰囲気に、学生の誰もが否応なしに盛り上がる。


 フィーバーの連鎖がグルグルと渦を巻き、これぞお祭り、と言った雰囲気が辺りを埋めていた。


 そんな中、大福の眼に一人の女子が映った。


「あ、大福くん!」

「ハル先輩!」


 ウェルカムゲートの柱の下に、ハルがいた。

 実は事前に待ち合わせをしよう、と決めており、その待ち合わせ場所がココだったのだ。


「すみません、待たせましたか?」

「ううん、私も今来たとこ……って、なんか凄くベタなセリフね」


 二人でベッタベタなデート待ち合わせのセリフをやり取りして、なんだか面白くなって吹き出してしまう。


 付き合いだしてからこっち、二人はまともにデートみたいなことも出来なかったので、こんな体験も新鮮である。


「でも先輩、こんな目立つところにいていいんですか?」

「なにが?」

「だって、一応ハル先輩は学園のアイドル的存在じゃないですか」


 大福はこれまで、ハルのとんでもない人気の所為で、幾度か酷い目にあった経験がある。


 それを考えれば、こんなところで二人で待ち合わせをすれば、また何かしらのやっかみがあってもおかしくない、と思ったのだが。

 意外と周りは静かだ。


「ふふーん、私だってちょっとは対策を打ちます」

「対策って……まさか能力を!?」


「今、周りの人は私の事を朝倉ハルだと認識してないの。だからこの後、大福くんが『お前、一緒に歩いてた女子、誰だよ!?』って質問責めにあうかもしれないけど、それもご愛敬よね」

「はは、なら大丈夫だ」


 ハルの冗談に、大福は安堵したようにため息をつく。

 その反応が、なんとなく『らしく』ないように思えて、ハルは小首をかしげたが、小さな違和感はすぐに蹴とばされる。


「さぁ、先輩! それじゃあ人の目を気にせず、今日はめいっぱい遊びましょう!」

「うん!」


 小さな違和感を抱えたまま、二人の文化祭が始まる。


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