2-13 昔話

 十八年前。


「良かったじゃん。こんな仕事してるのに、まともな人みつけて、まともに結婚出来るんだし」

「でも、美樹みき先輩を置いて出ていくのは、申し訳ない気がしますね」

「へっ、あたしゃ生涯現役、野郎なんかにウツツを抜かさんのさ」


 本土、某県某市にて、女性が二人、喫茶店で談笑していた。


 片方はまだ二十代の森本真澄。

 そしてもう一人は木之瀬きのせ美樹みきであった。


 真澄はコーヒーカップを手でいじりながら、これから寿退職ことぶきたいしゃすることへの思い残しを抱えていた。


「でも、私の仕事を美樹先輩に引き継ぐのは、ちょっと気が引けます」

「ま、可愛い後輩へのご祝儀しゅうぎの意味も含めて、きっちり片付けてやりますよ」


「いや、本当は私がウノ・ミスティカをぶっ潰したかったんですよ」

「この戦闘狂め……」


 真澄はこのころからバリバリの前線タイプで、ウノ・ミスティカのアジトへの強襲などにはほとんど参加するぐらいであった。


 この日本において、何故だかトリガーハッピーの気があり、合法的にぶっ放せる戦闘への参加意欲が半端ではなかったのである。


 同僚ですら恐れて近付きがたい、と評する真澄だったのだが、この度、めでたく伴侶はんりょとなる男性を見つけ、結婚することになった。


「いやー、そんな真澄が結婚とはね……世の中、何が起こるかわかったもんじゃない」

「先輩は良い人、いないんですか?」

「まぁ、ぶっちゃけあたしもこんなだし、寄ってくる男は少ないわな」


 真澄の事を何かと文句付けている美樹であったのだが、彼女は真澄の憧れの女性であった。


 これまで潰してきたウノ・ミスティカのアジトは数知れず、たとえ能力者と対面しても負けなしの戦績は、秘匿會でも長く語り継がれることになる。


 ぶっちゃけた話、真澄の上位存在と言って良かった。

 そんな経験ゆえか、顔にも大きな傷跡が残っており、それだけで怖がる人間も多い。


「あたしの分まで、幸せになってくれよなぁ」

「わかりました、先輩の無念は私が浄化しましょう」

「人を怨念のように言いやがって……」


 冗談を言って笑い合う。


 そんな穏やかな日々を送れるのは今日までであった。

 美樹と真澄、これが今生の別れであることを、この時はまだ知らない。




 真澄が退職してからしばらく時間が経った。


 真澄が調査していたウノ・ミスティカのアジトの詳細がわかり、秘匿會はこれを壊滅させる事を決定した。


 美樹はこの作戦の突撃部隊に編成され、一番槍を任されることになる。


「では、結界を張ります」


 深夜にとあるビルの前に集った秘匿會の実働部隊。


 その数は三十名。うち、能力者が五名。これだけの能力者を動員するのは異例のことで、秘匿會もこのアジトを重要視しているのが窺えた。


 動員された能力者の内の一人は、結界を操ることが出来る人間で、これを使う事で外部への影響を極限まで小さくすることが出来る。


 また、ビル内にいるウノ・ミスティカ構成員を逃がさないようにする効果もある。今回の場合は屋外に出る事を完全に防いでいるため、屋上や非常階段へ出る事すら許していない。


 結界の発動を見届けた後、美樹は後ろに控えていた実働部隊に振り返る。


「さぁ、アンタたち。クソ野郎どもを蹴散らしてやろうぜェ!」


 美樹の声に呼応し、実働部隊は手に持っていた武器を持ち上げる。


 大声を上げて士気を高め、その勢いのままビルへと突入していく。

 これは夜襲ではなく、殲滅せんめつだ。


 夜を選んだのは、この事件を人目に触れにくくするためである。


 実働部隊は十五名ずつに別れて、正面玄関と裏口から同時に突入し、地上一階を即座に制圧、続く二階以上の階も順調に制圧していった。


 ウノ・ミスティカ側にはまともな防衛戦力もなく、押し入った秘匿會実働部隊によって成す術なく蹂躙じゅうりんされていく。


 これは文字通りの意味であり、無抵抗の人間であろうと全て殺して回ったのだ。


 何せ能力者は見た目では全く分からない。非戦闘員だと思っていた人間が実は能力者で、捕虜にして安心しきった後に能力によって壊滅的な打撃を受けた例は、過去に数えられないほどある。


 さらに言えば、捕虜を監視しておくための人員を割くのも得策ではなかったため、見つけ次第殺すというのが最善策だったのである。


 五階建てのビルは瞬く間に制圧され、残すは一部屋となった。


「ダイナミック・エントリーッ!!」


 ドアを蹴り破り、一番槍を取ったのはやはり美樹であった。


 奥で敵が待ち構えている可能性は充分にあったのだが、それでも美樹は物怖じせず、堂々と正面から突入していく。


 それで高い戦績を誇っているのだから、秘匿會実働部隊にとって旗印であり、いるだけで士気を高めるカリスマを持ち合わせているのだ。


 そんな彼女が部屋の中に押し入り、周りを確認したのだが……


「おや、空部屋か」


 会議室のように見える部屋。


 長机が幾つか並べられ、それに寄り添うように椅子が幾つか置いてある。

 壁にはホワイトボード、天井にはプロジェクター用の垂れ幕。


 隠れられそうな場所はあったが、その全てを確認しても人影は一つもなかった。

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