2-12 目覚める力

「ラフに考えようぜ、大福くん」


 混乱する大福に、かんに障る声が落ちてくる。


「君は妹にも値するお嬢さんを助けたい。それが第一に考えるべき事だ。そのために蓮野嬢を殺し、そのあとに僕をどうにかしなければいけない。やることは単純明快だ」

「黙れよッ!」

「構わないが、悩んでいる時間は少ないぜ?」


 薄ら笑みのまま矢田は突き出した手に力を籠める。

 すると、


「あがっ……!」


 苦しげに青葉が鳴く。

 最早まともに呼吸すら出来ない状況の青葉。


 悔しいが、矢田の言う通り、猶予ゆうよは無慈悲なほどに少ない。


「矢田、テメェ!」

「さぁ、決断したまえ。妹を失うか、チカラを覚醒させて蓮野嬢を殺し、僕を倒すか」


 大福にとっては究極の選択とも言えた。

 青葉を見殺しにするのは論外だ。


 だが、それを回避するためには矢田をどうにかするしかなく、彼の前に立ちはだかっている蓮野をどうにかしなければいけない。


 そして『どうにかする』というのは、最悪殺害になる。


 まだ一般常識を残している大福にとって、人を傷つける事というのは精神的に大きな障害を持つ。

 それが知り合いであればなおさらだ。


 どちらを選んでも苦しむ。


 その選択肢が並び立った時、大福に掛かるストレスは相当なものであった。

 心にかかった重圧の所為か、大福の目の前に白い火花が散る。

 火花は瞬く間に視界を埋め、大福の目の前がホワイトアウトした。




 その真白い視界の中に、とあるビジョンが映し出される。


 謎の力によって握り潰される青葉。


 飛び散った大量の血と肉片が部屋を埋めつくし、その血の海の中で大福はただただ泣くのみであった。


 押し寄せる無力感。全てを掴めなかった絶望。

 悲しみの濁流に飲み込まれた大福は、そのまま意識を遠退かせていく。


 それがさらなる破滅を引き起こすのが、何故か理解出来た。

 そして、それが地球という存在に対して致命的な破滅であることも。




「……イヤボーンなんか、流行らねぇってんだよ」

「ん? 何か言ったか?」


 大福の呟きに矢田が首を傾げる。


 だが、大福はそれに答えず、伏せていた顔を上げて矢田を睨みつけた。


「俺は、何も諦めないぞッ!!」


 大福の中で何かが弾け、身体中を駆け巡る。


 身体の中心から爆発的に広がる『なにか』は、大福の指先、髪の毛の先にまで浸透すると、その感覚を鋭敏に伝えてくる。


 そして身体中の感覚は輪郭を突破し、世界へと広がっていく。

 自分が『全て』と一体化する感覚。


 いや、自分が『全て』を支配していく感覚。

 全てを理解し、全てを把握し、全てを操ることが出来る。

 強烈な万能感が大福を、そして世界中を支配していく。


 今の大福に、不可能はない。


「ぶっ飛べェ!!」


 大福の発した言葉が、そのまま圧力となって物理的な威力を持ち始める。

 それは蓮野をすり抜け、矢田に向かって巨大かつ強固な壁のようになってぶつかっていった。


「ぐっ……ッ!」


 全くの不意打ちであっただろう。

 矢田は防御する事も出来ず、そのまままっすぐ、リビングの方の壁まで吹っ飛んでいった。


「矢田さん!」


 驚いて振り返った蓮野が声を上げた。

 矢田の方は壁にめり込むほどにぶつかっており、その衝撃がどれほど強烈だったかを窺わせている。


「なる、ほど……思った以上だ」


 しかし、それでも矢田は立ち上がり、その薄ら笑みを崩さない。


「覚醒の初歩、見届けさせてもらった」

「テメェ……」


 矢田の言葉を聞いて、彼の目的が『それ』だったと知る。


 青葉の命も、蓮野の命も、どうでも良かったのだ。

 結果的に、大福が『チカラ』に目覚める事さえ出来れば、それで目的は達成される。


 大福はまんまと矢田の掌の上で踊らされたのだった。


「では、僕らはこの辺でおいとまさせてもらおう」

「逃がすと思ってるのかよ!?」


「追いかけてくるなら、それは構わないが……君には連れがいたと思ったけどね?」

「……ッ!? 青葉!」


 そう言われて、大福は後ろを振り返る。


 すでに矢田の能力からは解放されたらしい青葉は、畳の上に力なく倒れている。

 大福が駆け寄って確認すれば、息はある。


「すぐに病院に連れて行かないと……」


 大福では青葉の状態がどの程度なのか、判断する事も出来ない。

 端末を取り出そうとする片手間に、矢田の様子を窺おうとすれば、すでにそこには誰もいなかった。


「……くそ、俺は……」


 端末で応援を呼びつつ、大福はその場に膝をついた。


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