2-10 キミの出自

「理由を教えてあげようか」


 戸惑う大福に、矢田は薄ら笑みを浮かべた。

 その表情に、大福も珍しく心を激しく苛立たせる。


「何でも知ってるって顔だな」

「君たちよりはずっと色んな事を知っているつもりだよ」


「だが、お前が話す情報が真実だとは限らない」

「さっきも言った通り、信じる信じないは君たちに任せるさ」


 矢田の飄々とした態度に、大福は判断を決めあぐねていた。

 明らかに怪しい矢田の言動を、そのまま鵜呑うのみにするのは危険だ。


 だが、かと言って今の大福たちには何が真実で何が嘘なのか、判断も出来ない。

 そこで大福が下した決断とは、


「後で対価を求めないなら、聞かせてもらおう」

「くく、素直だね。嫌いじゃないよ」

「俺はお前が嫌いだけどな」


 大福の子供じみた悪口には全く反応せず、矢田は大福の後ろに隠れている青葉を見た。


「そちらのお嬢さんも、聞く覚悟はあるかい?」

「覚悟、ってどういう事よ?」


「人間は経験したこと、見知ったことを忘れるのに結構な時間がかかる。本人が忘れたと思っても何かの拍子に思い出すことだってある。……何が言いたいかっていうとさ、知ってしまえば知らなかった頃には戻れないよ、ってコト」

「舐めんじゃないわよ! 私だって秘匿會の一員なんだから!」

「よろしい」


 青葉への確認も終わり、矢田は一つ手を叩いた。

 そしてその手を大福に向ける。


「君は、僕と同じくミスティックなんだよ」


 それは荒唐無稽こうとうむけい過ぎる話で、すぐに内容を理解するのは難しかった。


「……な、何を言ってる?」

「冗談に思うかもしれないけど、君だって幾つか、思い当たる節があるはずだ」

「それは……」


 矢田がミスティックであるというカミングアウトをした時、大福の中に一つ、推論が浮かんだ。


 矢田はハルの能力を受け付けなかった。

 そして大福もハルの能力を受け付けない。


 この類似るいじは、果たして偶然なのだろうか?


 また、夏の事件の後、大福は改めてあの時の事を思い返す瞬間があったのだが、やはりおかしかったように思える。


 あの時は無我夢中むがむちゅうであったのだが、思い返してみれば背負ったバックパックを操作するバンドを貸してくれた五百蔵は言っていた。


 バンドを使ったとしても、安全面を考慮して、それほど自由には動かすことが出来ない、と。


 その割に大福は自由自在に空を飛ぶことが出来ていた。


 あれは何かのバグだったのか、それとも別の要因が影響していたのか。


 他にも細かい事だが、大福の身体能力が急激に向上したり、五感が異常に研ぎ澄まされていたり、幾ら動いても疲れなかったり、不思議に思う事が幾つもあったのだ。


 だが、だったとしても『大福がミスティックである』というのは思考が飛躍ひやくしすぎである。


「ありえない。そんなの、バカげている!」

「急に言われても信じられないだろうね。だが当然、こちらにも論拠ろんきょはある」


「なに……?」

「かつて、ミスティックの中でも強力な個体がいた」


 戸惑う大福を放って、矢田は歌うように話を続ける。


「名をオルフォイヌ。辺り数光年に存在している他のミスティックを圧倒し、地球圏に居座っていたミスティックだ」

「オルフォイヌ……」


 その名を聞いた時、大福の中に何かの鼓動を感じた。

 その名を知っている気がしたのである。


「そのオルフォイヌってのは……」

「今より二百年ほど前、地球上で行われた人間とミスティックとの戦い。北米大陸にて辛くも勝利した人間たちは、地上に降り立ったミスティックを宇宙へ追い返すことに成功する。その中の一つにオルフォイヌもいた」


 二百年前と言えば秘匿會の発足当初である。


 人間たちの間に能力者が現れ始め、常識を守るために異常を秘匿し始めた組織。

 その組織の仕事のお蔭で、今も常識的な世界がまかり通っている。


 そして秘匿會の最初の仕事というのが、ミスティックの撃退でもあった。

 ミスティックが地球上に存在したままでは、常識の維持など不可能であっただろう。


 当時の記録はあまり残っていないながら、人類の奮闘によりミスティックは撃退され、宇宙へと追い返すことに成功したようだが……。


「宇宙へ追いやられたミスティックたちは、それでも地球を我が物にするために地球圏ギリギリで勢力争いを始める。結果、勝利をおさめたのがオルフォイヌであった」

「そんなに強い個体だったのか……」


「だが、長い間地球圏に居座っていたオルフォイヌが十数年前に突如、消え失せる事になる」

「消える……!?」


 ミスティックの中でも強力な個体であったはずのオルフォイヌ。

 それが突如として消え失せるというのは、一大事であった。


「近くにいたミスティックも、それを罠だと思い、警戒して地球へ近付かなかったのだが、それでも事実が明るみになるに連れ、地球へ食指しょくしを伸ばす事になる」

「オルフォイヌはどこへ行ったんだ?」

「人間に召喚されたんだよ。日本の片田舎にね」


 大福の質問にようやく答えた矢田。

 薄ら笑みは崩さず、流し目で大福を見やる。


「人間の中に宿ったミスティック由来の異能力。その中には決められた手順を踏めば、出力を飛躍的に向上させることが出来るモノもある」

「……オルフォイヌはその手順を踏んだ異能力によって呼び出された……?」


「そう。……しかし、たかが人間がどれだけ手順を踏んで出力を向上させたとしても、ミスティックを地上へ瞬間移動させるなど、荷が勝ちすぎた行為だった。結果、召喚が不十分であったオルフォイヌはその場で死にかける事になったんだ」


 人類が束になっても勝てない、と言われたミスティックが、人間によって瀕死にされた例でもあった。


 二百年前にミスティックを撃退することに成功している事を考えれば不可能とは言えないだろうが、しかしその儀式を行った人間も、オルフォイヌも、望まぬ結果となったのだろう。


 本当ならば五体満足のオルフォイヌが地上に顕現けんげんする事こそが召喚者の望みであったはず。


「儀式を行ったのはウノ・ミスティカの一派。捕らえた秘匿會のエージェントを生贄にオルフォイヌを召喚する腹積もりだったのだろうが、結果は全く違ってしまった」


 ミスティックを信奉するウノ・ミスティカにとって、ミスティックの地上での顕現というのは大願たいがんとも言える事象だっただろう。


 あらゆる準備をして、何度もリハーサルを重ね、満を持して臨んだ本番。


「不充分な儀式によって召喚されたオルフォイヌは死にかけ、怒り狂い、その場にいたウノ・ミスティカ構成員を皆殺しにし、彼らの生体エネルギーをむさぼったが、それでも延命するには至らなかった。彼が最後に選んだ手段というのが……生き残っていた秘匿會のエージェントの内に宿る事だったんだ」

「内に、宿る……?」


「その秘匿會のエージェントは女性でね。その胎内たいないに宿り、胎児として生まれ変わったんだよ」

「……おい、それってまさか……」


 嫌な予感が走る。

 大福の後ろで隠れている青葉も、大福の服を強くつかんでいた。


 誰もが予想したその先。

 矢田はそれを明確に言葉にする。


「その胎児こそ、大福くん、君だ」

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