2-9 暗躍していた男
ありえない。
この部屋には今、大福と青葉の二人しかいないはずだ。
それだけ、部屋の中は調べまわった。誰もいないことは確認済みなのである。
外から入ってくるにしても、直前まで大福が家の中を歩き回っていたし、玄関ドアが開閉された音も聞こえなかった。
ベランダからの侵入も、ここは地上三階である。まともな人間ならば上ってくるのも難しいだろう。
で、あれば。
「能力者か!?」
「くく、寂しいねぇ、木之瀬くん。僕の顔を忘れたかな?」
大福が声の方へ振り替えると、リビングに置いてあるソファの背もたれに腰かけていた一人の男を確認する。
その男には見覚えがあった。
「お前……矢田鏡介!」
「ご名答。覚えていてくれて嬉しいよ」
見間違うはずもなかった。
夏のあの一件の時、ガチンコでバトルした相手である。
その男を見て、青葉もフラッシュメモリを取り、大福の陰に隠れる。
「アイツが、矢田って男? ……秘匿會でも探してるって」
「海に落ちたはずだが、今までどこにいたんだ?」
「ああ、それと僕は別個体だよ」
大福の質問に、矢田は軽く笑って答えた。
だが、その返答はいまいち意味を掴みづらい。
別個体、とはどういう事だろうか?
「わからない、って顔してるね」
二人の様子を見て、矢田はふわりと立ち上がる。
挙動を見て大福は警戒を強めるが、矢田はそれすら意に介さないようにリビングをグルグル歩き始めた。
「朝倉さんには直接話したけどね。僕はミスティックだ」
「……なに?」
「おや、秘匿會から聞いていないかい? それとも情報が落ちてこないほど、君たちが木っ端に思われてるってことか」
意外そうな顔をしつつ、矢田は話を止めない。
「信じる信じないは君たちに任せるけどね。……僕は朝倉さん程度に『なんでもできる』と思ってくれていい」
「そんな……」
それを聞いて、青葉が青ざめる。
ブラフだ、と斬り捨てるのは簡単だが、青葉にもそれとなく話は伝わっていたのだ。
夏の事件を起こしたのはミスティックだった。そのために、奈園の警戒レベルもかなり引き上げられている。
そして、もしかしたらそのミスティックが生きている可能性もある、と。
「そこのお嬢さん。さっきも言ったろ。僕はそれとは別個体だ」
「……え!? まさか、思考を読んで……!?」
「なんでも出来る、の証明にはなったかな?」
青葉は一言も声を発していない。
だが、矢田は青葉の思考を完璧に読み取ってみせた。
手品であればどんなタネを使っているのか、教えてほしいものだ。
怯える青葉を、なおさら身体で隠しつつ、大福は矢田を睨みつける。
「お前が能力を見せびらかしたいだけなら、とっとと出て行ってほしいものだな」
「出て行ってほしい、とはこちらの言葉のはずだけどね。……一応、ここに住んでいるのは僕の側のはずだし」
「お前が……? ここは蓮野の部屋だろ」
「だから、僕と彼女が一緒の家に住んでるって話」
言われて大福の喉が詰まる。
矢田に指摘されるまで考えが至らなかった。
蓮野がウノ・ミスティカであるという疑いをかけて部屋に踏み込んだのに、ミスティックと一緒に住んでいるという可能性を考えないようにしていたのである。
「自分がフった女が別の男と暮らしてるのが、そんなにショックかい?」
「黙れ!」
それはある程度図星だった。
自分を好いてくれているはずの女の子が、自分とは別の男と暮らしているという事実は、大福の心を少しだけひっかいた。
だが、それを表に出すわけにはいかなかったのだ。何せ、大福は蓮野をフったのだ。蓮野が誰と一緒に暮らそうと口を出す権利はない。
矢田はそんな大福の心を読んだのである。
……妙だ。
「ハル先輩にも出来ない事が、コイツには出来ている……!?」
「おっと、気付いたみたいだね」
ハルの能力を一切受け付けない大福。
だが、その特殊体質を突破して、矢田は大福の心を読んだのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます