2-8 いびつ

 何事もなく、ブゥンと音を立てて稼働を始めるパソコン。

 モニターの電源を入れると、そこに映ったのはやはり古いタイプのOS画面であった。


「うわ、ウィンドウズの98SEだぞ、青葉」

「なにそれ、古いの?」

「古いもなにも……二十五年以上前のヤツ?」


 数字にしてみるととてつもない年月を感じさせる。


 年季を感じさせるほぼ真四角の画面も、今の人間には馴染みの薄いものであった。

 だが、操作感はあまり変わらない。


 キーボードとマウスというインターフェースがあり、それを操作してユーザー選択画面に至る。


 そこに表示された画面を見て、大福もため息をついた。


「まぁ、案の定パスワードが設定されてるわな」


 画面に表示されたのはパスワード入力のウィンドウ。


 そこに正確なパスワードを打ち込まなければ、ユーザーにログイン出来ない。

 そしてゲストでのログインでは、おそらく重要なファイルにアクセス出来ない様になっているだろう。


「諦めろ、青葉。何桁かもわからんパスワードなんて、突破できないだろ」

「ふん、あたしをあんまり甘く見ない事ね」


 そう言って青葉がポケットから取り出したのは、小さな機械。

 USB端子を持ち、それによって各端末に接続出来るようになっているようだ。


「お前、それ……」

「あたしの前で、パスワードなんか何の障害にもならないことを見せてあげる!」


 青葉がその機械をパソコンに差し込むと、途端に機械が稼働を始める。

 すると青葉も大福も、キーボードに触れてすらいないのに、ウィンドウに文字が打ち込まれ――


――次の瞬間にはログインに成功していた。


「どう?」

「青葉の将来が心配……」


 今更ではあるが、これも普通に犯罪である。




 その後、ちょっといじるだけで情報がとんでもなく出てくる。


 ウノ・ミスティカのアジトとの通信記録、アジトの場所、構成員の名前など、情報がザルすぎて本当に罠を疑ってしまうレベルだ。


 しかし、青葉はそれでもうっきうきである。


「この情報を秘匿會に渡せば、あたしも一人前として認められるかも!」

「いや、まず怒られると思うぞ」


「良い、大福? 功績によって罪を軽減、ないしは無いものとされた例は、有史以来数限りなく存在しているわ。あたしの今回の働きも功績が勝ってる!」

「それを判断するのはお前じゃなくて、秘匿會の人なのよ……」


「もし仮に怒られたとしても、大福も同罪だからね」

「人を巻き込むことしか考えとらんのか、お前は」


 そんなことを喋りながらも、青葉はテキパキとフラッシュメモリにファイルをコピーし続けている。


 軽めの文章ファイルなどはパパっと転送が終わるのだが、重めの画像や映像などは時間がかかっているらしい。


 その間に、大福はもう一度家の中を見て回る。


「……ベッドの事もそうだけど、色々足りないよな、この家」


 目立つところには確かに存在している生活感。


 だが、そうでない場所に一歩踏み込むと、途端に奇妙な違和感を覚える。

 ベッドがない事を始め、クローゼットの類がない事も気にかかった。


 寝室の方を見ても備え付けのクローゼットがあるわけでもなく、ただただ虚無である。


 そうなると水回りに置いてある洗濯機などが異常に浮く。

 あれは何を洗濯するための機械なのか?


 洗濯かごも置いてあるが、それも空。

 洗濯機の上にある戸棚を開いて見ても、タオルの一枚も置いていない。


 浴室を見るとポンプのシャンプーやリンスが置いてあっても、ポンプヘッドが凹んだままである。つまり、一度も開封されていない。


「明らかにおかしい……青葉!」


 駆け足で和室に戻ると、悠長にもパソコンの前であくびをしている青葉を見つけた。


 あくびを見られて恥ずかしかったのか、青葉は少し顔を赤くしながら答える。


「なによ、もう」

「すぐに出よう。やっぱりおかしいってこの部屋!」


「もうすぐデータの転送も終わるから……」

「良いから早く!」


 渋る青葉を引きずる勢いで、大福がその場を離れようとしたその時。


「おや、もう帰ってしまうのかい?」


 大福のものでも青葉のものでもない声が一つ、急に転がり込む。

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