2-7 ガサ入れ

 地上三階。


 エレベーターを使ってやって来たこの階は、通路が完全に部屋に囲まれており、窓の一つもなかった。


 通路の壁にいくつかのドアがついており、各部屋に通じているらしい。


「蓮野かなでの部屋は302号室。エレベーターを降りて、すぐそこね」


 エレベーターから降りた後、青葉は早足で302号室に向かい、ドアについている開錠パネルに端末を向けた。


 ピピっと音が鳴ってドアが開錠されると、青葉はすぐにドアノブを回す。

 大福の祈りも空しく、物理ロックはされていなかったドアはいともたやすく口を開け、二人を招き入れた。


「ほら、早くしなさいよ!」

「青葉、なんか手慣れてない? やってた?」

「やってないわよ! 人聞きの悪いこと言わないで!」




 蓮野の部屋に土足で踏み入る青葉。この辺もなんとなく手慣れた雰囲気を感じる。

 大福はいつもの感じで靴を脱ぎそうになったが、それでは逃走時に手間取ってしまう。


 それを回避するために土足で上がるのだ。


「なんか、気が引けるな……」

「朝倉先輩の命がかかってるのよ! グダグダ言わない!」


 それを言えばなんでもすると思うなよ、とは思いつつ、大福も土足で部屋に上がり込み、廊下を進む。


 このマンションはハルの住んでいた部屋よりも少し大きめの部屋らしく、ファミリー向けのサイズに思える。


 寝室が二つ、大きめのリビングが一つ、リビングに併設されるようにキッチンダイニングがあり、同じようにリビングの隣に和室がある。


 水回りも一通り揃っており、浴室やトイレなども小綺麗であった。


「人の気配はしないわね」

「それは入る前に調べる事では?」


 青葉の独り言にツッコミを入れつつ、大福はリビングへと踏み入った。

 ドアを開けると、他人の家の匂いがする。


 大きな壁掛けテレビと、ローテーブルにソファ。


 壁掛け時計がお昼ごろを指しており、そう言えば小腹が減ったな、などと考えてしまった。


 また壁に大きく開けた窓があるのだが、地上三階なれど他人の目を気にしてか、カーテンがしっかり閉まっている。陽光は入って来ないものの、電灯が灯っているお蔭で暗さは感じない。


 テーブルにはマグカップが置かれており、飲みかけの飲み物も見える。

 キッチンの方を窺うと、きちんと整理整頓がなされ、洗いかけの食器などもなく、動きやすい台所に見える。


 キッチン用家電も一通り揃っており、こういうところもハルの部屋とは大違いだな、なんて思った。


「大福ぅ、そっちは何かあった?」

「いや、今のところ特にめぼしいものは……」

「寝室の方はどっちも何もないわ」


 リビングに入ってきた青葉。

 どうやらこの短時間で二部屋も調べたらしく、しかしその甲斐もなく何の情報もなかったらしい。


「おそらく、寝室の方は使ってないのね。……家族とかいないのかしら?」

「使ってない、って空部屋だったってことか?」

「うん、家具の一つもない。ちょっとホコリが積もってるぐらい」


 どうやらそのおかげでパパっと寝室の探索を終えられたらしい。

 だが奇妙だ。


「寝室を使ってないってことは、どこで寝てるんだ?」

「和室の方は? 押し入れに布団が入ってるんじゃない?」


 というわけで、リビングの隣ある和室へ向かう。

 リビングとは両開きのふすまで区切られていた和室は、床が畳張りになっていて、壁には仏壇を置く用のスペースがある。


 だが、他に収納スペースはなく、畳に布団が敷かれている様子もない。

 それを見て、青葉が首を傾げる。


「引っ越してからずっと雑魚寝ってこと?」

「んなわけあるかよ。……でも、じゃあどこで寝てるんだろう」


「ソファの上とか」

「ありえなくはない、けど、どう頑張っても一人しか寝られないぞ。他の家族はどうする?」


 疑問は尽きないが、それよりも、と言った感じで青葉が和室にあったモノに飛びつく。


「そんなことより、美味しそうなモンがあるじゃない!」


 青葉が飛びついたのは、和室に似つかわしくない電子機器。パソコンだった。

 古いタイプのモノを使っているのか、モニターはブラウン管で、本体にもフロッピースロットがある。


 技術の最先端である奈園では骨董品こっとうひんレベルのモノだろう。

 そんな代物を見て、大福はむしろ怪訝な表情を浮かべる。


「逆に怪しくないか?」

「それは……まぁ、そうだけど。虎穴こけつに入らざればって言うでしょ」


「ことわざを引用して乗り切れるレベルの怪しさか……? 罠じゃないのか?」

「あー、もううるさい! やるったらやるの!」


 大福の制止を聞かず、青葉はパソコンの電源を入れた。

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