2-3 演劇部

 廊下をしばらく歩いていると、ふと楽器以外の音が聞こえてくる。


「おお! 我が豊太郎とよたろうぬし、かくまで我をばあざむきたまいしか!!」


 それは有名な小説の、とあるセリフ。

 誰か声高こわだかに朗読でもしているのか、と思ってそちらを窺いに行くと、複数人の中等部の生徒が集まって、手に手に本を握り、読み合わせのようなことをしていた。


「今のセリフさ、エリスは完全に裏切られて発狂してるわけじゃん? もうちょっと感情込められないかな?」

「うーん、そう言う経験ないから、わかんないんだよ」

「そりゃそうだ。中学生でそんな経験あってたまるか」


 どうやら演劇部の一団が稽古を行っているらしい。


 そんなところに通りかかってしまった大福。

 稽古の邪魔をしないように静かにその場を離れようとしたのだが……。


「だ、大福!?」

「え?」


 名前を呼ばれて咄嗟とっさに足を止めてしまった。

 振り返ると、演劇部の輪の中に見知った顔を見つけた。


「青葉じゃん。なにやってんの、こんなところで」

「こっちのセリフなんですけど!?」


 どちらかと言えば、中等部の校舎にいることに疑問を覚えるのは大福の方であった。


 しかし、ここで『青葉を尾行してきました』などと言えば、『キモい! ストーカー!』となじられてしまうに違いない。


 そのために移動中に考えていた言い訳も、ちゃんとあるのだ。


「いや、ちょっと図書館に用があったんだけど……こっちから楽しげな音楽が聞こえてきたから、ちょっと様子を見に来たんだよ」


 思ったよりスラスラと出てきたウソの言い訳だったが、青葉は目に見えて怪訝な顔をする。

 たぶん、一つも信用してない。


「楽しげな音楽って……それだけの理由で中等部の校舎に入ってくるの? それはそれでキモいんですけど……」


 どっちにしろキモがられてしまった。

 運命からは逃れられないらしい。


 だが、相対的に見れば軽傷だろう。青葉も大福の言い訳に懐疑かいぎ的なようだが、ウソだという確証はないだろう。


 何せ図書館にはハルがいる可能性がある。それを考えれば大福が図書館に用があって学校へ来たというのは道理である。


 青葉にはハルが今どこにいるのかわからない。のであれば大福の言葉を完璧にウソだと断じることは出来ないだろう。


 だが、女の勘というものなのだろうか。

 大福からはウソの匂いがする。


 そんないぶかる青葉を他所よそに、周りの女子生徒が青葉に近寄る。


「ねぇねぇ、青葉ちゃん。この人、青葉ちゃんのお兄さん?」

「え? ……うーん」


「おい、青葉。言い淀むんじゃない。俺こそが青葉の兄貴分であると声高に宣言してやれ」

「そう言うところがあるから明言したくないのよ」


 調子に乗る大福に対し、青葉は友人たちの前で赤面する思いであったのだが、部活友達たちはきゃいきゃいと騒ぎ始める。


「えー、青葉ちゃんのお兄さん、かっこいいじゃん」

「もっと早く紹介してくれたらよかったのに!」


「紹介って……」

「お兄さん、お名前はなんていうんですか?」


 瞬く間に中学生に囲まれてしまった大福。


 どうやら中等部の演劇部は女子部員が多いようで、男女比で言えば一対三くらいの割合である。


 男子連中は居心地悪そうに遠巻きに眺めているのだが、それに構わず、女子たちは急に現れた年上を遊び道具にし始める。


「お兄さん、青葉ちゃんとは一緒に住んでるの?」

「兄貴分、ってことは血は繋がってないって事ですか?」


「それなのに一つ屋根の下……? えぇ~」

「ちょ、ちょっと!!」


 変にプライベートな事を聞いてくる女子中学生にしどろもどろになる大福であったが、間に青葉が入ってきて事なきを得る。


「今からあたしたち、ちょっと買い出しに出るから!」

「買い出しって……」

「大道具のための釘とか絵具とか足りないって言ってたでしょ。ちょっと買ってくるから!」


 食い下がろうとする部員もいたが、それらの言葉を全く聞かず、青葉は大福を引きずるようにその場を後にした。



****



「結局、アンタ、何しに来たわけ?」

「だから、ハル先輩に会いに来たんだよ。生憎あいにく、図書館には来てないみたいだったけどな」


 ホームセンターに向かう道すがら、またも動機の追及をしてくる青葉に、大福はなおもウソの言い訳で突っぱねる。


 だが、青葉の方もどうしても信用ならないようで、未だに怪訝な表情を崩していなかった。


 これ以上追及されるとボロが出そうなので、大福は思い出したように話題を逸らす。


「青葉って演劇部だったんだな、知らなかった」

「……教えてなかったし」


「なんでだよ。教えてくれたって良いじゃん」

「だって……」


「知ってたら演劇部の公演とか行ったのにさぁ。今年も何度かやってたんじゃないのか?」

「そう言う事言うから教えなかったの!」


 実は、晩春と呼べる頃合いに一度、演劇部の公演を行っていた。

 第一から第三の奈園学園に存在している中等部の演劇部が集まり、奈園島中部にある公民会館にて公演会を行っていたのだ。


 真澄はその公演会に招待されていたが、大福にだけは絶対に秘密にして、と念押しをされていたのだ。


「え? 俺だけけ者ってこと?」

「……そうよ」


「えぇ~、お兄ちゃんショック……」

「アンタは! さっきみたいにまた調子に乗ると思ったから! あたしのパーソナルスペースに入れないようにしてるの!」


 確かに年頃の娘としては、調子に乗る兄貴分など目に入れたくもあるまい。

 友人の近くとなればそりゃむしのように毛嫌いするだろう。


 それを考えれば、青葉の行動にも納得がいく。

 だが同時に大福が悲しい気持ちを抱えてしまうのも事実。


「……仕方ない。ここはお兄さんが大人の余裕を見せて引き下がりますか」

「ウザ……」

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