2-2 祭りの前触れ

 本日も快晴の奈園。


 秋の陽気は好ましく、日を追うごとに右肩下がりになっていく気温の中で一時の和らぎを与えてくれる。


 朝の七時を回って、もうすぐ八時になろうかという頃合いには、早朝ジョギングをしている人間もおらず、かと言って土曜日には忙しくオフィスワークをする会社人の姿も見えない。


 不思議と落ち着いた雰囲気のする街の中を、それでもいつも通り、無人の路面電車が走っていた。


 大福はそれに飛び乗り、いつも通り、学園校門前で下車する。


 文化祭の気運が高まっている所為か、校門も少しばかり飾り付けが進められており、脇には生徒お手製のカウントダウンの看板まで作られていた。


「改めて見ると、ちょっとワクワクするな……」


 祭りの高揚感の前借りというのだろうか。


 生徒や教員だけでなく、近所の人間すらも学園のお祭りの雰囲気にあてられて、ソワソワしている様にも感じる。


 そんな空気を感じ取りながら、大福は出来かけのウェルカムゲートをくぐり、中央広場へと向かった。


 中央広場にはすでに出来上がっている屋外ステージがある。


 校門から入ると中央にある噴水よりも左手奥側に設営されており、わりとどこからでもよく見えるようになっていた。


 あのステージでは文化祭当日、学生バンドやダンスグループなどによる音楽に重きを置いたイベントが行われるらしい。


 また、講堂の方では演劇や寄席よせなどのイベントスケジュールが組まれ、住み分けがされているとかなんとか。


 余談だが、祭りの間は図書館も購買も完全に閉められるらしい。その間、ハルがどこに落ち着くのか少し興味が湧いてしまう。


「先輩、今日も図書館にいるんだろうか……」


 広場を横切りつつ、大福はふとそんなことを思う。

 自分の部屋が嫌いだと言っていたハル。もしかしたら休日も図書館にやって来て暇を潰している可能性は大いにある。


 気になってメッセージを送ってみると、『今日は友達と街をぶらついてる』と返答があった。


 ついでにセルフィも添付てんぷされ、仲の良さそうな女子友達が写り込んでいて、ちょっとほほえましかった。


 ちょっと前のハルなら『遊びに行こう』と誘われても、何かしらの理由をつけて断っていた、と風の噂で聞いたことがある。それもハルの人を遠ざける思考によるモノなのだと理解は出来るが、寂しい話だ。


 そんな他人を信用しづらい環境にあったハルが、今は少しずつ友人と呼べる人間を作ろうとしているのだなぁ、と感慨深くもある。


 ならばそんなハルに水を差すのも悪かろう、と思い、早々にメッセージを切り上げ、本来の目的に戻る。


「ええと、中等部は……」


 中央広場を左手に向かった場所にある建物が中等部の校舎である。


 高等部と負けず劣らずの規模であり、広いグラウンド、温水プール、体育館など大きな敷地を必要とする設備も当然のように存在しており、中等部と高等部で校舎を交換しようぜ、と言っても全く問題ないくらいである。


 ただし、高等部とは違って校舎の内装は地味目であり、エントランスロビーなどもない。


 基本的には学業を優先する、というコンセプトなのか、高等部校舎よりも幾分か窮屈な印象を受けた。


 そんな校舎に足を踏み入れると、壁を反響して遠くから楽器の音が聞こえてくる。

 文化祭期間中はほとんどの運動系部活の活動が止められ、練習なども休みにされているらしく、素通りしてきたグラウンドにも運動部の姿はなかった。


 代わりに活動しているのは文化部である。


 奈園学園祭も『文化祭』であるため、文化部にとっては見せ場の一つである。

 当然、各学部の文化部はこぞって腕を見せるために、お祭り本番に向けて練習を重ねているだろう。


 中等部にも吹奏楽部が存在しており、中央の屋外ステージにて演奏を披露する予定だ。


 他にも校舎内で行われる科学部による実験披露や、文芸部による冊子の頒布はんぷなどがプログラムに載っている。


「そういや、青葉の部活って知らないな……」


 廊下を歩きながら、大福が呟く。


 自分が帰宅部であるためか、青葉がどこかの部活に所属している可能性を全く考慮していなかった。


「秘匿會の活動もあるだろうに、部活なんかやってる余裕あるのか……?」


 疑問を抱えつつ、大福は校舎の奥を目指す。

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