1-9 大人の罠

 夜に沈んでいく街を、三人を乗せた車が走る。


 奈園で流通している自動車はほとんどが電気自動車であり、環境問題に対しても考慮してますというアピールをこれ以上なくしていた。


 ハイブリットというわけでもなく、完璧に電気だけで動力をまかなっているわりには、ガソリン車と比べても遜色そんしょくのない燃費と馬力を兼ね備えている、新時代の自動車だ。


 車会社としても見本市として奈園は便利なショーケースであった。


「それで、日下さん。話って?」

「いや、最近どうかなってさ」

「……子供との距離を測りかねてる親か……」


 もしくは放送作家の雑な振りか。

 大福の反応に苦笑しつつ、日下は話を続ける。


「いや、実は本心からそれが聞きたくてね。夏に色々あっただろ? それからまだ二か月程度しか経っていないけど、君から見た朝倉さんの様子とかさ」

「先輩の様子っつっても、秘匿會の命令で先輩はついさっきまで新宿にいたらしいですけど?」


「ああ、確かに……いや、変に婉曲えんきょくぶると会話も思ったように進まないね」

「何が聞きたいんです?」


 どうやら日下には何か確かめたい事がある様子。

 大福はそれを単刀直入に尋ねてみたが、日下はそれでも笑う。


「困ったね。どう聞いたものやら」

「俺と日下さんの仲でしょ。ある程度なら答えますよ」


「……私とキミはそれほど仲が良かったかな?」

「俺は一方的にお世話になっていると思ってますけど」

「まぁ、それは確かに」


 大福は秘匿會に大変お世話になっている。

 この間の夏の件もそうだし、なんなら春にハルと出会い、そこから仲良くなるよう勧めてくれたのも秘匿會であった。


 なんなら、この奈園島自体が秘匿會の息がかかっている節もある。

 生活するための土壌、環境を作ってくれているのは、秘匿會だ。


 その秘匿會の支部長である日下ならば、ある程度の質問に答えるのが義理というものだろう。


「じゃあ、聞くけど」


 一つ間をおいて、日下がルームミラーごしに大福を見る。


「キミ、最近身体の具合はどうかな?」

「身体の具合? 別になんともないですけど」


「不調かどうか、というよりは、むしろ好調なのではないかな?」

「好調か……」


 思い返してみれば、夏からこっち、体育の成績は良くなったように思える。

 それは大福が隠れて始めた筋トレが原因していると思っていた。


 ハルの前で良い恰好が出来るよう、誰にもバレないように始めたのだが、おそらく真澄と青葉には余裕でバレてるだろう。


 他には夏に急な高熱で死にかけたこと以外は、特に体調を崩したわけでもないし……。


「まぁ、どちらかと言えば好調、ですかね」

「そいつは重畳ちょうじょう。出来ればキミには、早めに朝倉さんの能力を開花させてもらいたいからね」

「あ、そうか。矢田……」


 秘匿會としてはミスティックの欠片を自称する存在が現れてしまったため、ハルの能力開花は急務となった。


 おそらくハルのメンタル的な原因によってロックがかけられていた本来の能力は、大福との心的ふれあいによって徐々にアンロックされている。


 このまま大福とハルが仲良くなれば、それに応じてハルの能力が開花されるはずなのだ。


 しかし、それでも男女の付き合いというのには段階というものがある。


「こういうのは、急かされても困ります」

「だが私たちは急かさざるを得ない状況だ、というのもわかっていてほしいね」


「だからって俺が焦って先輩に迫って失敗して、変に仲がこじれれば元の木阿弥もくあみでしょうに」

「まぁ、それは確かに」


 そんなことになったら、逆に今までアンロックされていた部分まで再封印される可能性すらある。


 秘匿會にとってはそれだけは避けたい。


「そもそも、先輩の能力はまだ不十分なんですか?」

「ああ、東京から奈園に一度瞬間移動するだけで疲労するぐらいでは、継戦けいせん能力に心配が残る。今後、幾多のミスティックを相手にするのに、これではいけない」

「継戦……」


 大福は考えてもみなかったが、ミスティックというのは何も矢田だけではない。

 過去には複数体のミスティックが地球上にいたこともあるし、それらを撃退するのに大きな犠牲が必要となった。


 そんな犠牲を出さないためにも、ハルにはミスティック複数体を相手取ってもへこたれない程度の練度れんどが必要になるのだ。


 今のところ、それがハルに身についていないのは、隣で眠りこけている彼女を見れば明らかである。


「差し当たって、矢田とやらを独力で退ける程度の力は身に着けてほしいところだけど……それも夏の一件の報告を聞くと難しいらしい」


 夏の事件でハルはまんまと矢田に捕らえられ、あわや地球圏外へ飛ばされそうになっていた。


 あのまま上昇を続けていれば、成層圏を突破し、宇宙の彼方へ飛んでいっただろう。


 ここまでハルが命を繋いでいるのは、いくつかの幸運な偶然と、多くの人間の助力の上に成り立っている。


 日下はハルに、それを一人で成し遂げてほしいのだ。

 その高すぎるハードルを感じて、大福はハルの手をそっと握った。


「たった十七歳の女の子には、厳しい現実だ」

「しかし、朝倉さんはタダの女子高生ではない。彼女は地球の娘なんだ」


「それも先輩が望んだことじゃない!」

「望む望まぬに関わらず、人の上には運命が降りかかる。それを受け入れたのも、また彼女なんだよ」


 ぐうの音も出ない正論。

 大人の話術に圧倒され、大福は何も言えなくなってしまった。


 ハルが自分の運命を受け入れ、ミスティックと戦うと決めたのなら、外野がとやかく言う資格はない。


「さて、着いたよ」


 そうこうしているうちに、車が路肩ろかたに停車する。

 大福が外を見ると、見知らぬマンションであった。


「ここは……?」

「朝倉さんの住んでるマンション。部屋はB405……」


「待て待て! 俺が先輩の部屋番号を知ってどうするんスか!?」

「いや、送ってってもらおうと思って」


「それをさっき、日下さんに頼んだでしょ!? 俺はついでに送っていってもらえるだけだったはずでは!?」

「はっはっは、悪い大人に騙されちゃいけないぞ、大福くん」


 車に乗せられた時点で、大福は日下の罠にハマっていたのだった。


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