1-7 してよ

 そんな恥ずかし空間を誤魔化すかのように、大福が大声を出した。


「じゃ、じゃあそんな大規模な能力も使ったんだし、疲れたんじゃないですか?」

「え? ……まぁ、ちょっと」


 実際、ハルが能力を使う時には疲労をともなう。


 過去に大福を蘇した能力を使った時は、疲労困憊ひろうこんぱいで自分から立ち上がることすら出来なかったぐらいだ。


 最近は能力のアンロックも進み、能力に伴う疲労も大分軽減されてきたのだが、流石に何十キロも離れた場所から一瞬で移動するというのは、自覚できる程度の疲労となってハルにのしかかって来ていた。


「実はお昼からここにいたんだけど、ちょいちょい居眠りしてた」

「疲れてるなら、閉館時間までちょっと寝たらどうです? 頃合いになったら俺が起こしますから」

「……うーん」


 大福の提案にハルは少し渋る。

 長い黒髪の毛先を指で遊ばせつつ、視線を迷わせ、口を尖らす。


「……どうしたんスか、先輩」

「いや……だって、今ここで寝たら、大福くんに寝顔見られるわけじゃん? ちょっと……恥ずかしいじゃん」

「あー、もうッ!! いちいち可愛いな、おい!」


 先ほどからハルの言動が、大福に対する愛に溢れていて、それを受け取る側の大福にとってはもうすでに許容量をオーバーしていた。


 結果、我慢できずに大福も好きが溢れた言葉が零れてしまった。


「ハル先輩、アンタ今、実体を持たない凶器でもって、俺をザクザク斬りつけている事を理解した方がいい!」

「な、なに、私、変なこと言った?」

「変なことは言ってない! でも、俺は、それを受け止めるのが、精一杯なの! 俺だって、先輩に対する愛を、世界の中心で叫びたい気持ちでいっぱいなの!」


 大福だって、ハルと会えなかった期間はずっと寂しかった。


 ようやく想いが通じ合った相手と、まともに言葉すら交わせない時間は、永遠に続いてしまうのかと思うほど、時の流れが遅く感じた。


 それを色々我慢して、今ようやくハルと再会出来たのである。


 でも、その心境をそのまま吐露とろしては恰好がつかない。男子とは恰好をつけて生きているので、恰好がつけられなくなったら半分死ぬ。特に高校生なんていう思春期真っただ中は、だいたいそう言うものである。


 ゆえに色々我慢してたのだ。


 それなのに、ハルはド直球で感情をブチ当ててくるのだから、大福としては堪らない。


「良いから、先輩はちょっと眠ってなさい! 疲れた、ってことにして、居眠りしちゃいなさい! そうでないと、俺の身体が持たない!」

「え、ええ……」


 大福の論法があまり理解出来ず、ハルも戸惑う。


 それもそのはず、ハルはこれまでまともに他人とのコミュニケーションを取ることがなかった。


 地球の娘という大仰おおぎょうなポストについた所為せいで手に入れた強大すぎる力は、他人の感情すら操ることが出来るものだ。


 ゆえに大体の人間はハルの言う事を聞くし、ハルも他人の考えていることが大体わかる。


 おかげでまともな友人関係も結べず、恋人なんてもっての外だった。


 そんなコミュニケーションスキルゼロのハルは、好きという感情も持て余し、まるでホームラン予告の後のスラッガーの様にブンブン振り回してしまうのだ。


 しかし、自分がコミュニケーションスキル弱者であることも自覚しているハルは、また何かやってしまったのだろうな、と反省しつつ、大福の言う事を素直に聞くことにする。


「じゃあ、ちょっと休ませてもらうけど……あんまり寝顔とか見ないでよね」

「善処します」


「寝言とか聞かないでよね」

「もちろん」


「い、いびきとかかいてたらどうしよう……」

「うつ伏せだとあんまりいびきはかかないらしいっスよ」


「よだれとか垂れてたら……」

「はよ寝ろ!!」


 心配事ばかり並べ連ねるハルだったが、大福としても早く心の安寧あんねいを得たい。

 このままドキドキしっぱなしでは、寿命がマッハだ。


 生物の拍動はくどうというのは、だいたい回数が決まっているらしく、一生の内に心臓が脈打つ回数は十五億回程度となっているらしい。


 それはもちろん、運動後などに脈拍が上がれば、その分寿命が縮まるという話だ。

 今、大福がよくわからない感情を抱えて動悸どうきを覚えているのも、寿命をジリジリと減らしていることに違いはない。


(落ち着け、大福……俺はクールな男。地元じゃ冷静沈着を体現する男として名をせた事もあっただろう……)


 自分を落ち着けるように言い聞かせる大福。

 そんな大福に対し、ハルが口を開く。


「じゃあ、寝る前に一個だけ」

「……なんスか?」


「ハグしてくれない?」

「オーケィ、さてはあなた、俺を殺すつもりですね?」


 ハグとはハグである。和訳すると抱擁ほうようとなる。

 ハルにとってはそれ以上でも以下でもなかったため、大福の言葉を曲解した。


「あ! 大福くん、私の事バカヂカラだと思ってる!? ちゃんと手加減ぐらいできますぅ!」

「そうじゃない、そうじゃないんです! これはフィジカルじゃなくてメンタルの話!」


「メンタルぅ?」

「そう!」


 いまいち納得できてないらしいハルのために、大福は腹をくくる。

 ちゃんと言語化して説明しないと、たぶん伝わらない。


「初めに断っておきますけど、俺だってハル先輩とハグしたいし、スキンシップがイヤなわけじゃないです! 好きな気持ちを言葉で伝えるのも大変結構! でもね? 俺たちまだ学生です! 清いお付き合いを念頭に置かなければ、何かの拍子にタガが外れる可能性だってあるんですよ!」


「外れたって良いじゃん……」

「良くない! いろいろ良くない!」


 なんだか微妙に倫理観りんりかんのズレを感じるハル。


 大福としては自分がどれだけ理性的に立ち振る舞っても、これだけハルがノーガードで殴りかかってくるとなると、マジで何かの間違いでタガが外れてもおかしくない。


 何せハルは美少女だし、大福とハルは両想いだ。


 身体的にも心境的にもハードルが極々低い現状、飛び越えようと思えばヒョイなのである。


 それをどうにかこうにか押し留めて、なんとか理性の綱が千切れないようにしている。

 なのにハルと来たら……。


「なので、ハル先輩は色々自重してください」

「うーん……わかった。じゃあ、ハグだけしてよ」

「わかってないね!?」


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