1-6 早く会いたかったから
奈園島はどちらかというと日本列島でも西側に位置している。
そこから東京都新宿となれば、相当離れた距離だ。
「なんでそんなところに……?」
「矢田鏡介っていたでしょ」
その名前を聞いて、大福も少し身を固くする。
矢田鏡介、夏に現れた謎の転校生であり、自称ミスティックの欠片なのだという。
「彼が自分の事をミスティックと呼び、そして明らかにウノ・ミスティカが抱える能力者の平均値を逸脱したレベルの能力者であった。……これらの情報から秘匿會は矢田鏡介をミスティックないしはそれに準ずる脅威であると位置づけたわ」
「やっぱりアイツ、強かったんですか?」
「強いなんてものじゃないわ。並行世界を作り出して私たちを拉致し、一か月もの間、その中に幽閉するだなんて、普通の人間なら数時間で脳が焼ききれて廃人になるわよ」
矢田の起こした事件というのは、それぐらいに常軌を逸する事件であった。
これまで秘匿會が培ってきた歴史の中でも、そんな大それた事件を起こした人間は一人もおらず、実際に観測された能力もデータ上、類を見ない規模のモノであった。
「その矢田鏡介が今のところ行方不明扱い。おそらく奈園島近海に潜んでいるだろう、って事で秘匿會が今までずっと捜索を行っていたの」
「今までって……夏の事件から二か月以上経ってますよ? 矢田が生きてるとしても別の場所にいるのでは?」
「それを確認するためにも、何かの痕跡を見つけたかったんでしょうね。……んで、その間、私の身の安全を守るために新宿にいる秘匿會きっての結界師の元で、私は身を隠してたってわけ」
「結界師! そんな人もいるんですか!?」
これまで大福が見た事のある能力者と言えば、ハルか蓮野ぐらいだ。
どちらも『結界師』の様に役割が明確なものではなく、ハルは『何でもできる』し、蓮野はどうやら『大福の正体を看破できる』らしい。
なに師と呼んでいいのか、わかりにくい能力ではある。
蓮野はギリギリ『鑑定士』と呼べなくはないか。
「え、じゃあ先輩は二か月ずっと新宿にいたんですか?」
「そんなわけないでしょ。八月の終わりごろに一緒にお祭りに行ったの、忘れたの?」
「いや、アレも何かしらの幻だったのかも……」
「そんなわけないでしょ!」
大福にとっては信じがたい、幸福な時間であった。
あれが夢だと言われたら、悔しいが納得できる部分はある。
しかし、それもハルが睨みつけてきたうえに頬をつねって来たので、どうやら真実であるらしい。
「
「罰を甘受なさい。私だってお祭りは楽しかったのに、あれを夢だなんて!」
「
「……なら良し」
大福の謝罪を受け入れ、ハルは頬をつねる手を収めた。
ジンジンと熱く痛む頬をさすりながら、大福は話を続ける。
「じゃあ、先輩が新宿へ行っていたのは……?」
「九月に入ってから今まで、丸々一か月くらいね」
「そんなに長い間……」
「これも、秘匿會の偉い人が考えて出した決断だし、仕方ないよね」
仕方ない、とは言いつつ、ハルの手が大福の手に触れる。
一か月も新宿にいたということは、その間は当然、二人は会う事が出来なかった。
その上、これは秘匿會によるハルの保護である。
情報は高度なレベルで秘密にされ、秘匿會員でもない大福のところまで降りてくることはまず考えられない。
ゆえに連絡先も教えてもらえず、電話なんてすることも不可能。
全くのコンタクトを封じられた恋人が、一か月も離れ離れにされたら、そりゃ寂しさも
だがそれも、ハルをミスティックの脅威から守るため。
「本当なら奈園島に結界師を呼んで、ここで
「え、そうなの?」
「そうよ。だって奈園島は私を守るための城だもの」
サラッと伝えられたハルの言葉に、大福はなおも目を丸くする。
「この島は技術の見本市なんて言われてるけど、本当は技術の粋を結集して、私が全力を出せるようになるまでミスティックやウノ・ミスティカから守るための場所なの」
「たった一人の女の子のために、国家権力が動いてるんスか……」
「そりゃ、私がいなかったら地球丸ごとミスティックに食べられちゃうわけだし」
確かに、考え直してみればその通りではある。
ハルはどうやら『ミスティックに対する最終兵器』らしく、彼女がいなければ地球人にまともな抵抗力はない。能力者ですらミスティックに対抗しうる有力な手段にはならないらしいのだ。
であれば、地球人の総意としてはハルがリーサルウェポンに成長するまで全力で守ることが最優先だろうか。
そのための
壮大な話を聞かされて呆ける大福とは対照的に、ハルは少し物憂げな表情を浮かべる。
「私を守るための城、とは言っても、私にとっては監獄に見えたのよね」
「え?」
「ずっと鳥かごの中で育てられて、時が来たら兵器として駆り出される。島は私を逃げられなくする
高いと思っていた壁が易々と崩れ、常識だと思っていた事が見事に打ち破られる。
ハルはそんな呆気ないブレイクスルーに何を思ったのだろうか。
沈んだ表情から読み取れるのは、あまり面白い感情ではあるまい。
それを見て、大福は声を上げる。
「でも、ちょっとは東京の観光も出来たんじゃないですか?」
「……そんなわけないでしょ。私はずっと結界の中ですごしてたんだし」
「そうは言っても、移動中は景色を見るくらいは出来たでしょ?」
「それは……」
言いにくい事だったのか、ハルは少し言葉を切る。
大福が待っていると、彼女は少し俯いて、声のトーンを落とした。
「……大福くんに早く会いたかったから、能力使って瞬間移動したし。景色は、あんまり見てない」
「……あ」
心境を言葉にしたハルも、それを受け取った大福も、なんだか二人して照れくさくなり、言葉もなく照れ照れと赤面した。
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