1-5 待ち伏せと再会

 一方、頼みの綱であった蓮野にも拒絶されてしまった大福は、最早打つ手なしだった。


 何せ大福は交友関係が狭い。


 奈園学園にやって来てから半年が経過しているのだが、それでも仲が良い友人と呼べるのは五百蔵ぐらいで、他にボチボチ会話する面子がいたとしても男子ばかり。


 女子の情報網を頼らざるを得ないこの状況で、切れる手札が全くない。


「青葉に頼るか……いや、アイツが高等部の情報を持っているかどうかは謎だし、そもそも易々と教えてくれるかもわからん……」


 下手に教えを乞うては、引き換えに何を要求されたものだかわかったものではない。


 そんなことを考えていると、学園内に響く音が一つ。


「お……」


 きーんこーんかーんこーん、とお決まりの音を鳴らすチャイムは、午後の授業時間終了を報せるものであった。

 この後は帰りのホームルームを挟んで放課となる。


「くそ、今日のところはこれくらいで勘弁しておいてやるか……」


 完全に負け戦であった情報戦を前に、大福は捨て台詞を吐いて撤退することとした。




 帰りのホームルームもつつがなく終了し、放課時間となる。


 今日は何やら学園内の設備点検などがあるそうで、放課時間に校舎内に残る事は出来ず、残って文化祭準備を進めようとしていた生徒すら追い出される結果となった。


 とは言っても点検は各校舎敷地のみ。

 各学部の中心にある中央広場は放課後も開かれており、学食や講堂、図書館などは引き続き利用可能であった。


 ……のだが、図書館はいつも通り静かなものである。


「今日もお疲れ様です」


 大福は日課のように図書館を訪れ、受付の人に会釈えしゃくする。


 最近知ったのだが、どうやらこの受付の人も秘匿會の人間らしい。

 どこまで入り込んでいるのか、秘匿會……恐ろしい組織であった。


 そんな受付の人との挨拶をそこそこに、大福はいつも通り二階に上がる。

 解放書架のスペースには、いつもならハルがいるはずであった。


 春に奈園に来てからずっと、ハルとの逢瀬おうせはこの図書館が基本であった大福にとって、空席である窓際の椅子を見るのは、毎回毎回寂しい気持ちを煽る。


 だがそれでも、毎日足を運ぶのはやめられない。


 もしかしたら今日はいるかもしれない。大福を待ってくれているかもしれない。

 そう考えると、わずかないとまを惜しむ理由など無かった。


「しかし……期待を抱いてそれが裏切られる瞬間というのがいつも辛いんだよなぁ」


 階段をボチボチ上りつつ、そんなことをぼやく。


 いつも期待している。今日はハルがいるのではないか、と。

 そしていつも裏切られる。今日もハルはいなかった、と。

 しかし期待せずにはいられない。ハルに会いたいから。


 そして今日もまた、おそらく――


「遅いんですけど」

「……え?」


 不意に声が聞こえて、うつむき加減だった視線が跳ね上がる。


 静かな図書館に良く響く声。


 凛とした音とは対照的に、その声音にこもった感情はややイラつきだろうか。

 しかし、そんな不機嫌そうな声も、今はとてつもなく愛おしい。


 大福が階段を駆け上がると、そこに――窓際の定位置に、彼女がいた。


「は、ハル先輩!」

「こっちはずっと待ってたんですけど」


 ムスッと睨みつけてくるハル。

 だがそれでも構わず、大福は喜色満面で彼女に駆け寄った。


「え!? なんで!? いつから!?」

「いつから、ってのは今日のお昼くらいから。なんでってのは……」


 ハルは一度言葉を切り、少し視線を逸らす。


「……大福くんに会いたかったからでしょうが」


 そしてそんな可愛い事を言ってくるのだから、大福としてはもうそれだけで胸がいっぱいになるのであった。


 しかし、感無量のまま昇天している場合ではない。

 色々と確かめたいことがある。


「そ、そもそも、ハル先輩はどこ行ってたんですか? 随分長い間、学校にも来てなかったみたいですけど」

「ああ……ちょっと秘匿會からの要請で新宿に」


「新宿……え? 東京の?」

「そう」


 なんだか思ったより想像外の地名が飛び出してきて、大福も戸惑ってしまった。

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