1-2 誤爆

 十月に入り、季節はすっかり秋。


 色付いた街路樹の木の葉が綺麗で、奈園島の中央付近にある奈園山も、開発されていない部分は遠目からでも紅葉しているのが見える。


 そんな奈園島では島内にいる学生たちが盛んに活動を始めているのが町中で散見されていた。


 理由はもちろん、来たる奈園祭に向けての準備だ。


 奈園島には北部、中部、南部の各地に一つずつ学校が存在しており、それぞれに一万人ほどの学生を抱えている。


 それらの学校が一斉に文化祭を開くわけだから、その期間は学校関係者の是非に関わらず、島内一同が盛り上がる。


 夏に行われていた神社の例祭れいさいにも似た雰囲気であり、学生が準備に奔走ほんそうする様を眺めながら、周りの大人もなんとなく活力をもらっていた。


 大福たちが所属している第一奈園学園でもそれは変わらず、出し物が決定された日から二週間程度経過した今でも、学園敷地内ではあちこちから準備の音が聞こえてくる。


 せわしなく駆け回る足音、釘を打つトンカチの音、ボール紙を切る音、そして様々な声。


 準備期間である九月下旬から当日の直前まで、学園は大きく授業内容を変更しており、午後の授業がまるっと潰れて、文化祭準備用の時間としてあてられているのだ。


 そのため、普段ではあまり見ないほどに学生にあふれた学園内では、祭りに対する熱量の高まりも感じることが出来た。


 そんな中で、大福は一人、シャッターを切る。


「うーん、いまいち」


 島民全員に配られる電子端末に基本機能としてついているカメラ機能を使い、学校内の日常風景を写真として切り取っているのだが、出来上がった画像は大福の合格ラインを越えなかったらしい。


 一応、写真フォルダの中には入れつつ、また別の被写体を探して歩き回ることにした。


「……最初は写真展示なんて、とは思ったが、写真もやってみると楽しいものだ」


 大福の所属している一年五組は、水着キャバクラという案は易々やすやすと蹴とばされ、写真展示という無難な出し物をするに至った。


 クラスの人間が全員、一点以上の写真を提出し、それを見に来てくれたお客さんに『これは良い』と思ったモノに点をつけてもらい、最優秀作を決めるのだとかなんとか。


 もちろん、最優秀作品には担任からご褒美として、何かしらの賞品があるらしい。


 そんなわけで、級友全てがライバルとなり、我先にと良い被写体を探して奈園中を歩き回っているのだった。


 大福はとりあえず、手近な場所から攻めよう、と思い、学園敷地内にそれっぽいモノを見出してはシャッターを切る、という作業を行っている。


 結果は……まぁ、して知るべし、だ。


 だがそれでも、心にビビッと来たものにファインダーを向け、無心でシャッターを切るというのは楽しいもので、写真が趣味であるという人間が今日こんにちまで絶えないというのも納得できた。


 大福はその調子でポチポチとシャッターを切っていたのだが、ふと校舎に向けてシャッターを切ったところ、思わぬシーンが切り取られる。


「おっと、これは良くない」


 窓際で逢瀬おうせを楽しむ男女が、不意に移りこんでしまった。

 学生時分には色恋沙汰というのも往々にしてあるだろう。


 文化祭ではしゃぐ級友を他所に、二人だけの世界に浸るのも、教員が見れば咎めるだろうが、大福にその権利はない。


 すぐにその画像は削除し、二人の世界に水を差さないようにするべきだ。……ったのだが。


「キスか……」


 画像に移りこんでしまった二人。


 カーテンの影に隠れて唇を合わせているその姿を見て、大福も夏の思い出をフラッシュバックする。


 確かにあの時、大福とハルはキスをした。

 ハルに『好きだ』と言ってもらった。


 二人の思いが通じ、晴れて恋人同士と言える関係になった。


 しかし、惜しむらくは二人の身分が余りにも違いすぎる事だ。


 ハルは学園のアイドルであり、その裏で特殊な能力を秘めた『地球の娘』と呼ばれる神秘秘匿會の切り札。他の人間とは一線を画す、特別な存在である。


 対して大福はと言えば、何故かハルの能力を一切受け付けない、という特殊体質はあるものの、ただそれだけだ。


 特殊体質のお蔭で、秘匿會からハルとの関係に対してお目こぼしをもらっているが、それもいつまで続くかはわからない。


 大福は今、ハルとの関係が突然清算されるのではないか、という不安を抱えているのであった。


「本当なら片時も離れたくないのだが、連絡すらつかないし……」


 いつ終わるかも知れない関係性であれば、二人でいられる時間を大切にしたいと思うのは自然の道理であり、大福もそんな気持ちに駆られているのだが、何故かハルとは連絡がつかない。


 その上、学校にも来ていないようで、二年生のクラスに顔を見に行っても、図書館に会いに行っても、その全てが空振りであった。


 秘匿會の方に問い合わせてみても、関係者以外に情報を与えることは出来ない、と門前払いを受けるばかり。


 家まで行ってみようかと思えば、ハルの住所など知る由もなし。

 八方塞はっぽうふさがりとなった大福は、しかしどうする事も出来ずに、一人で日々を過ごすしかなかった。


「い、いかんいかん! メンタルがネガティブに持って行かれている! これではファインダーにもネガティブが乗っかってしまうぞ!」


 何故かその精神性が写真家に寄っていっている大福は、良い写真を取るためにも鬱屈した思いを取り払おうと、首を振る。


 と、その時、端末がバイブレーションで震える。


「お?」


 ディスプレイを見ると、新着メッセージを伝えるアラートが。


 何事か、と思ってメッセージアプリを立ち上げると、五百蔵からのメッセージであった。

 ……のだが、すぐにメッセージは削除されてしまった。


「文面を確認する時間もなかった……」


 一瞬しか見えなかった文字を思い出すに、『朝倉先輩』『文化祭』『出し物』などのワードが見えた気がしたが……。


「ええと『なんなんだ、今の』と」


 内容を確認するために五百蔵にメッセージを送り返したが、ややしばらくして帰ってきたのは『なんでもない。忘れろ』という短文のみ。


「……アヤシイ」


 何かしらの怪しさを感じた大福は、そのメッセージの内容を深掘りするため、ハルのクラスの出し物を探ることにした。


「……カメラを構えながら調べ事をするとか、ちょっとジャーナリストっぽい!」


 なんとなくテンションも高めだった。

 おそらく、ハルと会えない事に対する反動の謎ハイテンションではあったが、カラ元気でも元気がないよりはマシだろう、と、大福はあまり気にしないことにした。

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