1-1 現場調査


 奈園島近海。


 現在は波も穏やかなこの海域にて、いくつかの船が何かを探すようにめぐっている。


 その中でも一回り大きな船の上で、秘匿會奈園支部長である日下くさかが難しい顔をしていた。


「事件発生からすでに二か月以上が経過しているのか……」


 周りに浮いている船は、全て秘匿會の管轄下にあるものである。


 それらの船には秘匿會に所属している能力者も乗っており、海の中ではダイバーが数十名単位で『なにか』の捜索をしている。


 その何かというのは、矢田鏡介という少年であった。


「朝倉さんや大福くんの証言によれば、矢田やだ鏡介きょうすけというのは今回の事件の重要参考人……いや、最早犯人と断定していい人物のはず。その身柄が拘束できれば……」


 日下は海を眺めながらため息をつく。


 ハルや大福の証言によれば、事件のあったあの日、矢田はこの辺の海に落っこちたはずなのである。


 事件の直後から捜索を続けているものの、網に引っかかるのは雑魚ざこばかり。

 本命である矢田の水死体などは上がってこなかった。


 一向に釣果ちょうかが良くならない捜索に難しい顔を貼り付けている日下の後ろから、大柄な男がぬっと顔を出す。


「やはり朝倉嬢の言っていた事が本当なのでは?」

「……そうかもな」


 大男の言葉に日下も頷く。


 日下の後ろにずっと控えていた大男の名は羽柴はしば泰三たいぞう

 日下の懐刀ふところがたなであり、護衛役でもある。


 その巨躯きょくから発されるパワーたるや、並の人間であれば三人くらいは押し返してしまう程度である。


 さらに戦闘向けの能力も持っているため、フィジカルの戦闘であれば無二の強さを誇る。


 支部長の懐刀としては一級品の男である。


「支部長は、人間型のミスティックという話を信用されますか?」

「……まぁ、ありえない話ではないだろう。ミスティックというのも『なんでもあり』な存在だと聞いている」


 頭上から降ってくるような羽柴からの質問に、日下も正直に答える。

 伝え聞いているミスティックという存在は、本当にでたらめなモノだ。


 あらゆる環境に適応し、多種多様な能力を持ち合わせる。


 およそ人間などでは束になっても勝てない存在である、というのは二百年前からずっと言われてきている事だ。


 ウノ・ミスティカというミスティックの信奉者集団も、ミスティックという存在が何をどうやっても勝てない相手だからこうべを垂れたのだろう。


 だが、それでも秘匿會は人間の矜持きょうじを捨てるわけにはいかない。


「矢田なにがしの痕跡が全く見つけられないのは少々不気味だが……これ以上手をこまねいている暇もなさそうだな」

「朝倉嬢の禁を解くのですか?」


「やむをえまい。我々にとって彼女こそが最後の手段だ。もう一度大福くんと近付けて能力の解放を推し進めるしかない」

「しかし、木之瀬少年は……」

「言うな。わかっている」


 日下に命じられ、羽柴は言われた通りに閉口する。

 日下にもわかっているのだ。


 状況はつい数か月前とは一変している。


 現状維持のままでは、もしかすれば巨大な地雷を踏みぬいてしまうかもしれない。

 だが、ミスティックという脅威が目の前にまで現れてしまった今、なりふりを構っている場合でもないのだ。


「現時刻をもって、朝倉ハルの行動制限を解除。彼女の自由にさせたまえ」

「……木之瀬少年に近付け、との命令は発令しなくていいのですか?」

「必要ないだろう。あの娘はもう、放っておいても大福くんの元へ向かうよ」


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