プロローグ 祭りへの展望

プロローグ


 激動の夏が終わり、秋がやってくる。


 夏休みが終わっても、しばらく続いた残暑を切り抜けると、ようやく気温も下り坂になり、過ごしやすさが増してきたように思えた。


 日本近海に浮く技術の見本市、奈園なぞの島にもボチボチと秋の訪れが見え始め、どちらかというと南側に位置するこの島でも、若干ではあるが気温の折れ線グラフも右肩下がりの様子を見せ始めてくる。


 木の葉が色付くにはもう少し先かな、とは思えど、それでも盛夏せいかのような暑さは無くなり、外出するのも億劫おっくうな気持ちというのも同様に消えて行った。


 暦で言えば九月も半ば。

 奈園に三つある学園のうちの一つ、第一奈園学園では始業式もつつがなく終わり、夏休みで浮かれた気持ちも気温と共に冷静になり、学業に追われる日々が戻って来ていた。


 ……が、それも次のイベントまでの小休止程度のモノである。



****



「というわけで、第一学園のスケジュールは、十月の二十六日と二十七日となります。それまでに準備をしなければならないのですが……」


 珍しくほぼ全校生徒が登校しているらしい奈園学園。各教室にはおおよそ満員の生徒の姿があった。


 一年五組も出席率は十割となり、二学期の始業式以来の全員勢揃いである。


 というのも、今日の午後のホームルームでは重要な議題を決議するためのクラス会議が開かれるためだ。


 教室の壁面に大きく貼り付けられた黒板型のディスプレイには、クラス書記が書いた文字がデカデカと踊っている。


『学園祭 出し物』


 そう。夏休みを終え、秋を迎えた奈園学園では学園祭の時期を迎えていたのである。


「なぁなぁ、大福だいふくは何が良いと思う?」

「えぇ……?」


 いつも通り、フリー座席制であるため、席順などは全く存在せず、適当に仲の良い人間が固まって座っている教室内。


 高校一年生も二つの季節を通り過ぎたというのに、親しいと呼べる友人は数少ない少年、木之瀬きのせ大福だいふくの前には、彼の数少ない友人の一人である五百蔵いおろいハジメが座っており、彼が振り返って話題を投げてくる。


 二人はこの春に知り合ったばかりであるのだが、なんだか妙にウマが合い、今では他のクラスメイトの誰より仲の良い友人という共通認識を持っていた。


 今年から奈園島に引っ越してきた大福はともかく、五百蔵の方はずっと一緒にいた友人もいただろうに、珍しい話だ。


 しかしそれは大福にとってはありがたい話で、高校生活を孤独に過ごさずに済んだのは五百蔵のお蔭であるところが大きい。


 感謝してもしきれない。

 ……のだが。


「俺は水着キャバクラなんかどうかと思う」

「俺は五百蔵くんのその発想がどうかと思う」


 五百蔵はたまにアバンギャルドな思考をするようで、結構ノリが良い方だと自負している大福ですら引いてしまう発言を、時折混ぜてくる。


「なんだよ、水着キャバクラって……」

「バカヤロウ、大福! 読んで字のごとくだろうが! 女子が水着を着て、お客様に接待する。ただそれだけで良いんだ」


「発想がおっさん臭いんだよ。キミ、俺と同い年だよね?」

「ぴちぴちの十六歳だが?」


 ぴちぴちとかいう枕詞まくらことばを使っちゃうあたりも、なんだかちょっと古臭い。


 そんな五百蔵だが、発言には真剣なようで、実際にクラス会議を進行しているクラス委員の端末に意見として送り込んでいるようであった。


 その意見を見たクラス委員が五百蔵を厳しい視線で睨みつけている。


「……おい、五百蔵。真面目に考えろ」

「真面目だっつってんだろ!」

「だったらなおさらタチが悪いわ!!」


 クラス委員からも突っ込まれたが、その瞳に狂気を宿した五百蔵は全く退かず、その意見を押し通すつもりであった。


 周りの女子からの視線が刺さっていることには、全く気付いていない様子である。

 クラス委員も五百蔵からの意見を棄却ききゃくしつつ、お話を進める。


「そもそも、一年じゃ飲食関係はできねえんだよ。そういうのは二年になってからにしろ」

「あ、そうか」


 クラス委員の真っ当な意見を聞き入れた五百蔵は、どうやら正気に戻ったようで、ため息をついて椅子の背もたれに体を預けた。


 どうやら気力が抜けてしまったらしい。


「じゃあ二年の先輩にメッセージを送って、水着キャバクラをもよおしてもらうか」


 違った。全然諦めてなかった。

 五百蔵の衰えぬ野望に戦慄せんりつしながら、大福も少し思案する。


「……木之瀬くんは五百蔵さんとは違いますよね?」

「え? ああ、うん」


 急に別方から話しかけられて、大福は曖昧に頷く。

 五百蔵の案も、ちょっと良いなと思ったのは内緒だ。


 そんなことを考えていた大福の心を見透かそうとしているのか、話しかけてきた女子は目をすがめる。


「木之瀬くん?」

「い、いや、マジで。五百蔵くんなんかと一緒にしないでほしいね、うん」

「それなら良いですけど」


 この女子、蓮野はすのかなでは夏休み前に急に現れた謎の転入生である。


 彼女のお蔭で夏の間はなんとなくソワソワした状況になっていたのだが、それはまた別の話。


 なんとも掴みどころのわからない性格をしており、いまいち何を考えているのか把握しづらい。


「というか、改めてだけど……」

「なんです?」


「お前も矢田の能力によって生み出された幻じゃなかったんだな」

「またその話ですか……」


 大福の言葉に、蓮野は目に見えてしかめっ面を浮かべる。


 矢田というのは夏の折に大事件を起こした大悪党であったのだが、その矢田が謎の能力を行使して、奈園島一帯は並行世界が重なるという、これまたよくわからない事態となっていた。


 これによって大福を含む数名が、この世界とはちょっとズレた別世界で一か月ほど過ごすという超常現象に見舞われていたのだが、現在ではその並行世界も消え失せ、並行世界に存在していたあらゆるモノがこちらの世界から消えてなくなったはずなのである。


 その並行世界消失に巻き込まれていない蓮野という女子は、どうやら並行世界の存在ではなかったようだ。


「いや、お前が転入してきた時期と、矢田が能力を発動した時期が重なってるからさ。お前もその能力の一部なのかと」

れきとした人間です。……というか」


 不満げにため息をついた蓮野は、少し大福に顔を寄せる。


 ただでさえ顔が良い蓮野に、これほど急接近されれば大福でなくてもドキっとしてしまうだろう。


 だが、それにも構わず、蓮野は大福の耳元でささやく。


「能力とか、あんまり大っぴらに言わないように。こちとら秘匿會ひとくかいですよ」

「あ、そうだった」


 能力というのは通常人間が持たない、特殊な異能力の事であり、大規模なものになればそれこそ並行世界を作り出す事すら可能である。


 そんな超常現象を秘匿し、人々の常識を守る秘密機関というのが神秘しんぴ秘匿會ひとくかいというモノである。


 蓮野はそこに所属しており、神秘を秘匿する側の人間だ。


 大福が変に異能力の事を口走れば、最悪口封じのために殺す可能性すらある。


「私は良いんですよ? 私を盛大にフった木之瀬くんがどうなろうと、知ったこっちゃないですから」

「……い、いや、それを言われるとだな……」

「ふふ、困ってる困ってる」


 どうやら大福をからかって遊んでいるらしい蓮野。


 彼女とは夏の間に惚れたハレたの騒動に巻き込まれ、大福は蓮野をフった。


 蓮野はそのことを根に持っているのかどうかはわからないが、どうやらそれをダシに大福をからかうことぐらいはしてくるらしい。厄介な人物である。


 大福が蓮野をフったのにも、当然明確な理由がある。


 それを思い出し、ふと大福は机に置かれているスマホ型の端末を取り出した。


「新着メッセージ無し……」


 しばらく連絡がまともにとれていない。

 大福の想い人である朝倉あさくらハルという、一つ年上の先輩。


 彼女は今、どこにいるかもよくわかっていない。


「ハル先輩……何してるんだろうな」

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