余話1 お祭りにて

余話


 夏休みも終盤。


 大福は死ぬほど溜まってしまった夏休みの宿題に忙殺ぼうさつされつつも、その苛烈かれつな業務に終わりが見えてくる頃であった。


 退院してからずっと部屋に缶詰。


 夏休みらしい事なんかほとんど出来なかったのだが、その原因も謎の病気であるのだから仕方ないと割り切るしかなかった。


 なんなら、夏休み中に退院出来た事がそもそも幸運なのである。


 もしかしたら原因解明が出来るまで、ずっと入院させられる可能性もあったのだ。


「とは言え、この激務は流石にこたえる……」


 机の上に溜まった宿題の山……というわけではなく、端末に保存されているファイルの山がディスプレイに表示されている。


 小学生の宿題のように、毎日の日記をつけろとか、あさがおを育てろなどという課題がなくて、本当に助かった。二週間も放置していたあさがおなら枯れているかもしれない。

 まぁ、たぶん、その場合は真澄あたりが代わりに世話をしてくれるだろうが。


 そんなことを考えつつ、大福は今日の分の宿題ノルマを終わらせる。


「十五時か……。微妙な時間だし、もうちょっと進めるかな」


 現在時刻は午後三時。ここで終わりにしても良いのだが、まだしばらく余暇よかがある。


 ここでさらに宿題を消化してしまえば、明日以降のノルマが若干軽くなる。

 そうなれば時間的余裕の他に心の余裕も出来て一石二鳥なのだ。


 ……が、作業に戻ろうとした時、端末がメッセージの受信をしらせる。

 それはハルからのモノだった。


『今日、お祭りらしいよ』


 それはとても婉曲えんきょくな、お祭りへのお誘いであった。



****



 奈園にも神社はあった。


 奈園島中部に小高い山があり、その頂上に神社が建立こんりゅうされ、島の平穏を願って地鎮じちんの神をまつっているらしい。


 そんな神様に一年に一度、感謝のお祭りを開くそうな……。


 とは言っても、奈園島に入植がはじまったのは二十年から三十年ほど前からなので、それほど歴史のあるものではなく、お社もどこか新しさを感じさせる。


 また、島という立地上、敷地もこじんまりとしたものになってしまい、境内けいだいに出店を開くだけではショボいお祭りになってしまうということで、参道から続く海岸までの道を全て祭り会場とし、近隣のお店に協力してもらって特別商品を売り出す事によってお祭りの雰囲気を盛り上げている。


 また、近くの広場にてステージを設け、そこで催し物なども開いているとか。

 たまに奈園学園生徒がバンドを組んで出演したりもしているらしいし、他にも本土から演者を招くこともあり、そこそこ盛り上がる。


 そんなお祭りの雰囲気に包まれた奈園中部。


 神社の入口である鳥居下の階段にて、大福は待ち合わせをしていた。


「時刻は午後六時……」


 八月も終わりごろに差し掛かり、だんだんと日照時間が下り坂になった昨今ではあるが、それでも午後六時では空を見上げると夕焼けに照らされて紅く染まっている部分もある。


 夜の帳がとっぷりと降りるまではもう少し時間が掛かりそうな頃合いではあるが、夏の暑さは健在だ。


 加えて人が多くなる時間帯ということもあり、人口密度も合わさって不快感は結構高めとなっていた。


 それでも大福が恨み事一つ漏らさずに待機出来ているのは、ひとえにハルと一緒にお祭りデートに出かけられるからだ。


 付き合って間もない二人にとって、お祭りのデートなど、ひと夏の思い出にするには持ってこいのイベントであった。


 さらに、八時ごろからは海岸の方で花火大会の予定もあり、それを二人で見上げられれば、ロマンチックな夜を過ごせるだろう。


「た、楽しみが過ぎる……!!」


 自分の中で膨れ上がる期待に、大福はすでにパンク寸前である。


 これでもし、ハルの姿を目の当りにしたら、本当に破裂してしまうかもしれない、とすら思った。


「大福くんっ!」


 そこに、大福を呼ぶ声が転がり込んできた。

 大福は弾かれるようにして声のした方を振り返る。


 人並みに紛れそうになるその姿を見て大福は――


「帰れ」

「おぅおぅ、なんだよ。手酷い返事だな」


 そこにいたのは五百蔵であった。


「大福ゥ、お前、唯一無二の親友が登場したんだぞ。はやし立てて出迎えろよ」

「バカヤロウ、五百蔵くん。俺は今、君とたわむれているような心の余裕なんかないんだよ」


「あ? なんだ、誰かと待ち合わせでもしてんの?」

「そう! そうなんだよ!」


 だから出来ればどこかへ行ってほしい。


 ハルと二人きりでデートがしたいのだから、五百蔵なんか画面外へほしいのだ。


 だがそれでも五百蔵は下卑げびた笑みを浮かべて、大福を小突いてくる。


「おぉ? 誰? 誰と待ち合わせてんの? 青葉ちゃん?」

「違ぇよ。なんで青葉と待ち合わせなんかせにゃならんのだ」


 そもそも同じ家に住んでいるのだから、待ち合わせなんかする必要はない。


 ちなみに青葉は、大福がハルにお誘いを受けた時点で家におらず、おそらくは学友と共にお祭りに出かけているのだろう。真澄もそんなことを言っていた。


 さておき、大福の返答を受け、五百蔵は怪訝に眉をひそめた。


「え? じゃあ誰と?」

「それは……」

「それは私です」


 再び、別の声が転がり込んでくる。

 今度は聞き間違えるはずもない、女子の声であった。


 大福が嬉々としてそちらを振り返ると――


「帰れよ!」

「あ、酷いですね。せっかく美少女が浴衣を着てエントリーですよ?」

「そうだぞ、大福。せっかく蓮野が来てくれたんだ、持てなせ」


 現れたのは蓮野であった。


 いつものショートボブを軽く編み込み、ちょっとしたおしゃれをしつつ、着ているのは真っ白い生地に金魚のガラがついた浴衣であった。


 出で立ちは本当に涼しげで、カラコロと音を立てる下駄も風情があっていい。

 だが、大福の待ち人ではない。


「お前らな、俺はマジで今、どうしようもないくらい緊張してんの! お前らの相手をしてられるほど余裕がないの! これはマジで、ガチなの! ふざけるのも大概たいがいにしてくれる!?」

「なんで泣きそうになってるんですか、木之瀬くん……」

「ふむぅ、俺たちにはわからん何かを抱えているようだな」


 全くなんの事情も知らない蓮野と五百蔵にとっては、大福が何を抱えているのかも察することが出来ない。


 そんな余裕のない大福を見て二人は、


「面白いおもちゃですね」「叩けば鳴くおもちゃだな」

「お前ら、人の心とかないんか!?」


 どうやら大福をいじり倒す方向らしい二人に、大福は人の心に住まう鬼を見たという。

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