エピローグ3 過ぎ去った日々

 テセウスの船という話がある。


 船乗りのテセウスは立派な船を持っていたが、航海の途中で船の部品が痛み、それを一つずつ交換していったら大小問わずあらゆる部品が残らず、全く新しい部品になってしまった、という話だ。


 元々の船と、修理が完全に終わり全く別の部品で構成された船。


 二つの船は同じく『テセウスの船』と呼べるのだろうか?




 また、スワンプマンというオカルト話もある。


 とある男がとある沼を訪れた時、偶然にも落雷が彼を直撃してしまう。


 遺体は沼に落ちたが、同時に、奇跡的な偶然によって落雷が沼に超常的な化学反応を起こし、落雷に撃たれた男と全く同じ人間を作り出してしまった。


 死んでしまった男と全く同じ容姿、同じ精神。そして同じ記憶を持った新たな男。

 それは元の人間と同一人物と言えるだろうか?



****



「うっ……」

「大福!」


 大福が薄っすらと目を開ける。


 焦点が合わずぼんやりとする視界でも、耳元で叫ばれればそこに誰がいるのかわかった。


「青葉か……? ここ、どこだ?」

「病院よ! 気分はどう? 具合悪くない?」


「……喉が渇いた」

「水! 水ね! 水ならあるわよ!」


 ダルい身体を持ち上げ、大福がなんとか上体を起こすと、青葉が水を注いだコップをくれた。


 それを受け取り、一気にぐいと飲み干すと、乾いた身体に水分が染み渡っていくのを感じる。


「ぷはー……んで、俺はどうして病院に?」

「なんでって……アンタ、何も覚えてないの?」

「えっと……」


 記憶が混濁こんだくしている。

 確か海でハルを助けて、そのあとは……?


「……もしかして、アレも夢!?」

「あれってどれよ?」

「えっと……」


 ハルと想いを通じさせ、両想いとなった、なんて話、もし夢だとしたら恥ずかしいし、夢でなかったとしたら他人においそれとひけらかす話ではない。


 どちらにしても閉口するしかなかった大福は、


「なんでもない」


 と話題を打ち切った。


 そんな大福を怪訝けげんな目で見た青葉だったが、すぐに思い出したように手を叩く。


「あ、そうだ! 大福が起きたら医者を呼ばないといけないんだった!」

「ナースコールならここに……」


 大福がボタンを差し出す前に、廊下に飛び出していった青葉。


 なんとも落ち着きがないな、などと思ってため息をつきながら、大福は改めて自分の置かれている状況を確認する。


 どうやら一人部屋に寝かされていたらしい大福。


 周りには他にベッドがなく、代わりに家具などがちょっとリッチに見えた。


 傍らに置いてあった電子時計を見ると、時刻だけでなく日付も確認できたのだが……


「……は?」


 その日付を見て大福は顔を青くする。


 今日は八月も半ば。

 大福の夏休みはすでに三分の二が終了していたのだった。

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