エピローグ1 反動

エピローグ


「大福くん、大丈夫なのかな」


 端末を手に、ハルがそんなことを呟く。


 今はまだ夏休みの最中ながら、彼女はまた学園内にある図書館に来ていた。

 なんとも落ち着くこの空間は、最早我が家よりも長く居たい場所となっている。


 そんな中で、ハルはもう一度、端末に目を落とす。

 そこに表示されていたのは青葉からのメッセージ。


『大福、入院。しばらく面会謝絶』


 端的に内容しか伝えてこないこのメッセージ。


 青葉も幾分焦っていたのかもしれないな、なんて思いながら、ハルは窓の外を見た。


「大福くんが回復したら、一緒に……」


 デートなんて、と呟きかけて、顔が沸騰しそうなぐらいに熱くなるのを感じ、自分の手で顔を扇いだ。


 そう、二人は付き合い始めたのだ。



****



 だが、二人の思いが通じた直後に、大福は原因不明の高熱を出して緊急入院を果たした。


 現在も意識が朦朧もうろうとしており、秘匿會の息がかかった病院にて治療中である。


 結構な重症であるのだが、それをハルに伝えると要らぬ心配をかけてしまうだろう、ということで、青葉も真澄も、その事実を伏せたままにしておいた。


「青葉、大福くんの様子は?」

「……まだなんとも」


 病院の廊下にて、色々と荷物を持ってきた真澄が青葉に話しかける。


 青葉の方はずっとベンチに座っていたようで、疲れたような表情を貼り付けて、治療室のドアを睨みつけていた。


「青葉も少し休みな。そんなんじゃ、アンタまで倒れちゃうよ」

「……うん、わかってる」


 これでもう何度目になるだろうか。大福が治療室に運ばれて処置を受けているのだ。


 海での一件からすでに五日が過ぎようとしている。


「大福、大丈夫だよね?」

「当たり前でしょ。……だからほら、ちょっと横になって」


 真澄が青葉に手を差し伸べた時、治療室のライトがふっと消える。

 同時にドアの奥から現れた医者に、青葉と真澄がすぐに詰め寄った。


「大福は!?」

「大福くんは、どうなんですか?」


 二人の剣幕に驚いた医者であったが、すぐにマスクを外して笑みを見せる。


「大福くんの容態はかなり安定しました。今後も注意は必要でしょうが、これまでのように病状が急変することはないと思います」

「よかった……」


 医者の言葉に安堵した青葉が、その場にへたり込んでしまった。

 それだけコンを詰めてしまったのだろう。


「ほら、青葉。ちょっと仮眠室借りといで」

「うん、そうする……」


 真澄にうながされ、青葉は仮眠室に向かって廊下をとぼとぼと歩いて行った。

 その後ろ姿を見送り、真澄は改めて医者に向き直る。


「ありがとうございました。……でも、原因は何だったんですか?」

「それが、私たちにもわからないのです」


 奈園は技術の見本市。


 日本でも随一、いやさ世界規模で見てもトップレベルの技術が集まっており、当然医療関係の技術や知識も多く集積しゅうせきされている。


 そんな奈園の病院でも、大福が患った病気のヒントすらないという。


 頭を掻きながら、医者は困ったような表情を浮かべる。


「医者としてこんなことをいうのもアレですが、容態が安定したのも奇跡的と言わざるを得ません。何が影響して彼が持ち直したのか、これからじっくり調べなければならない」


 もし、大福が患ったのが何かしらの伝染病などであれば、その原因究明は急務だ。


 何せ大福が発症した病状はかなり重たく、一歩間違えば命を落としていた可能性すらあるのだ。


 今回はなんとか落ち着いたから良いものの、他の人間が発症して無事に回復する保証はどこにもないのである。


「彼の近くにいた人間の誰もが発症していない事から、おそらく伝染病の類ではないかと思いますが、可能性はゼロではありませんしね」

「ウノ・ミスティカやミスティックが関わっている可能性は?」

「秘匿會にも協力してもらい、そちらの線でも可能性を探っていますが、結果はあまりかんばしくないようです」


 この病院は秘匿會の息がかかっている。そのため、通常ではありえない――ぶっちゃければ敵のミスト能力による体調悪化にも対応できるように出来ている。


 秘匿會側の回復能力持ちなどを配備して、重傷、重症、どちらも通常よりも速い回復が見込めるとかなんとか。


 だが、そんな異能力をもってしても大福の病状は軽減すら出来ず、また原因の特定も叶わなかった。


 今回の件は謎ばかりが残ったわけだ。


「あの、大福くんはどれぐらいで退院出来ますか?」

「経過を観察してみないとわかりませんし、原因究明のために今後もしばらく入院していただきます。早くても二週間くらいですかね」

「そう……ですか」


 夏休みが始まったばかりの大福にとっては辛い事だろうが、あらゆる状況をかんがみると致し方ない措置だろう。


 下手に病原菌保持者キャリアを外に放り出して、原因不明の病気がパンデミックを起こす方が大変である。


「大福くんの事、よろしくお願いします」

「はい。我々も全力を尽くします」


 頭を下げる真澄に、医者も心強い言葉をかけた。


****

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