3-4 もしかして

 言葉の抽象的な選び方とは裏腹に、ハルの表情の真剣みが笑いごとでないことを雄弁に語る。


 話が飛躍しすぎだ。


 そう思っていると、ハルはまた苦しげに言葉を紡ぎ始める。


「私が放った言葉が、そのまま実行力を持ち、その子に影響したの。私が言ったのは『大嫌い、もう顔を見せないで』。改めて考えても普通よね。小学生の女子なら誰だって言いそうな言葉よ。……でも私のは違った」


 ハルの能力には催眠もあると言っていた。


 彼女の言葉を聞けば、その通り実行したくなるような力がある。

 言霊ことだまというには強すぎるその力を、小学生のハルは持て余してしまった。


「私の言葉を聞いたその子は、壁に自分の顔面を打ち付けたわ。何度も、何度も。教室の壁が血に染まっても、彼の顔面がグシャグシャになっても。先生が止めようとしても、大人の力でも止まることはなかった。……その子は長い間、入院することになった。幸い、一命は取り留めたけど、顔が元通りになることはない、と言われたわ」


 幼い頃に刻みつけられた光景。凄惨せいさんな教室は、その場にいた誰の心にもトラウマを植え付けただろう。


 当事者であるハルならば、その傷はいっそう深い。


「事件の後、神秘秘匿會の人間が私に接触してきて、事態の説明をしてくれたわ。ご丁寧に、この事件の原因はお前だ、と子供にもわかるようにね」

「その結果、先輩は事件の原因である能力を、無意識的に封印するようになった、と」

「そう言う事。皮肉にも、当時使った催眠の能力は今でもある程度使えるんだから、私の心臓にも毛が生えてるみたいよ」


 ハルは人払いのために、催眠の能力を使っている節があった。


 それは自分が誰も傷つけないように、自分の力が誰にも影響しないように。

 トラウマの引き金となった能力は、しかし彼女を守る鎧にもなっているのだ。


「わかった? 私の能力がいつ大福くんに牙をむき、あなたがあなたの意思とは別に行動をとってしまうかもわからないの。……こんな能力、危険でしょ」

「確かに危険ですね。まともな人間なら、先輩に近付こうともしないでしょう」


「だったら、あなたも――」

「だが、俺は違う」


 ハルの言葉を遮り、大福は白い歯を見せてニッコリ笑う。


「俺は俺が一般人であることは重々承知です。どこに出しても恥ずかしくない、アベレージのど真ん中を行くスペックの人間であると断言していいでしょう」

「……なら、どうして」

「ただ一つ、俺は先輩に対してのメタ存在である、という事実を除いてね」


 大福が戦える武器は、それ一本であった。


 彼は自他ともに認める一般人であったが、何故か彼にはハルの能力が通用しない、もしくは通用しにくいように出来ているらしい。


 それがどういう偶然か、何の奇跡か、はたまた神の気まぐれか。

 しかし現実にそうなっているのだから、それは認めざるを得ない。


「どうです、先輩。俺を遠ざけたいなら、あなたの力を使ってみますか?」

「……話を聞いてなかったの? 本当に危ない力なのよ、私のこれは」


「だから、その能力だって俺は打ち破ってみせるって言ってるんです」

「こないだは記憶を失ったんでしょ!? 完全に無効化に出来るわけじゃない!」


「だから、それは何かの間違いかもしれないって話もしたでしょ。実際のところは、何度か試してみないとわかりませんよね」

「試せるわけないでしょ! あなただって危険なのに!」


「……先輩、思ったんですけど、あなたはもしかして――」


 これまでの話から、ちょっとした違和感を覚えていた。

 大福は神秘秘匿會から依頼を受けて、ハルの能力を完璧に発揮させるためにここに来た。


 だが、


「――もしかして、自分の能力を使いたくないんじゃないですか?」


 本質を突く大福の問いに、ハルは何も答えない。

 図星だからだ。

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