3-5 うずく反骨精神

「先輩と話していて、ずっと違和感を覚えていた。どうやら認識に齟齬そごがある、と。俺は秘匿會に依頼されている。先輩も秘匿會の庇護下ひごかにある。だから当然、その意識の統一はされているはずだ、と思っていた」


 大福の言う秘匿會の意思とは『ハルの能力を完璧に発揮し、ミスティックを撃退すること』である。


 ハルの力がフルパワーで発揮されれば、それは外宇宙の脅威すら退ける驚異的な力となるらしい。


 地球侵略を目論んでいるらしいミスティックを撃退するのは、地球上に住む全存在の総意と言っても良いだろう。……いや、ウノ・ミスティカなる存在もあるらしいが、それはこの際、横に置いておく。


 ともかく、ハルも当然、自分の力を発揮してミスティックを退ける事が目標であると思っていたのだ。


 だが、話を聞いていると旗色がおかしい。


「先輩は自分の力をうとんでいる。出来れば使いたくないと思っている。……だからその力も発揮されないんじゃないですか?」

「……そりゃそうでしょ」


 大福の追及に、ハルも小さく答える。


「私はこないだ十七歳になったばかりの小娘よ。そんな私に『誰でも一発で殺せる銃』を渡されて、これで外宇宙の敵を撃てなんて言われても、戸惑うなって方が無理よ」

「ま、普通に考えて、荷が重いですわな」


 大福が自分に置き換えても、その重責じゅうせきは背負えそうにもない。


 一歩間違えば暴発して、身近な人間を巻き込みかねない力である。

 それを取扱説明書もなしに急に使いこなせ、と言われても無理な話だ。


 しかも、ハルは一度、その暴発を経験しており、心に深い傷を負っている。

 出来れば二度と力を使いたくはないと思ってしまっても、それを咎めることなど出来まい。


 だが、体制にとってみればそんな事を言っていられる状況ではない。


 ミスティックという驚異はすでに存在しているらしいし、それを信奉しているウノ・ミスティカなる集団まで現れている始末。


 これを早急さっきゅうに撃退するにはハルの能力が必要不可欠。となれば、個人の思惑など度外視されるだろう。


 ハルもそれを理解しており、板挟みになって苦しんでいる。


「先輩の力を誰かに譲渡じょうとするのは無理なんですか?」

「試してみたけど、無理だった。……聞いてると思うけど、秘匿會は思いつく限りの方法を試してるわ。あなたが失敗したら、もしかしたら人道に反する実験めいた事にまで踏み切るかもしれない」


「いくらなんでもそこまで……」

「しないと思う? だったらやっぱり、あなたは普通の世界の人間だわ」


 ハルの卑屈ひくつな笑みが信憑性を物語る。


 青葉と真澄も所属している秘匿會が、そんな人道に反する行為を行うとは思いたくないが、彼らも背に腹がかえられなくなったら、何をしでかすかわからない、ということか。


 窮地に追い詰められればネズミだってネコを噛む。


 ミスティックの脅威が目前まで迫れば、手段を選んでいられなくなるか。


「でも、私としてはそうしてくれた方が良いかも」

「……先輩?」

「私の心を薬かなんかで壊して、それによって能力が発揮されてミスティックを撃退できるなら、その方が簡単で良い」


 今のご時世、人間の心を壊す方法なんて幾らでもあるだろう。


 それによってハルの心を壊し、枷を外すことで能力が開花するのであれば、それは手っ取り早い方法かもしれない。


 だがそれは、


「俺は好かんな」

「……え?」


「イヤボーン展開なんか今日日流行らないって言ってるんスよ」

「い、いやぼ……?」


 聞きなれない言葉に戸惑うハルを他所に、大福は傍にあった観音開きの大窓を開け放つ。


「先輩、意識を改革しましょう」

「何を言ってるの……?」

「先輩の持っているその力は、誰でも殺せる銃なんかじゃない、って切り替えるんです」


 立ち上がった大福は、窓のヘリに足をかけ、ハルに笑いかける。


 その笑顔には一切の迷いも、動揺も、不安すらも見えなかった。


「何でもできるっていうなら、人を助けることだって出来るはずだ。戦争に使われていたものが生活の役に立ってる事なんか、ごまんとある! インターネットだって昔は兵器運用に使われてたぐらいですから」


「言ってる意味が分からないって!」

「先輩の持ってるその銃で、俺を助けてみろ、って言ってるんです」


 言葉の直後、大福は窓枠を蹴って、その身を空中に躍らせた。

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