3-2 確認事項

「まず、ハル先輩の手札を確認しましょう。超能力って何が出来るんですか?」

「何がって……考え得る限りの全て、って秘匿會の人は説明してたわ」


「例えば?」

「あなたに見せた念動力の他に念話や念写、瞬間移動や飛行なんかもできるらしいんだけど、まともに使ったことがあるのは身体能力の強化と念動力、他には人払いに使える程度の軽い催眠ぐらいね」


 念動力は昨日、本を棚に戻したり、どこからともなく缶ジュースを持ってくるのを見せてもらったし、初日に『記憶を消して帰りなさい』と言っていたのは催眠の能力なのだろう。


 身体能力の強化というのはパッと見ではわからないだろうが、たぶんハルが百メートル走を走ればとんでもなく速いのだろう。


 ということは、ハルの『まともに使える能力』とやらはおおよそ見たことになる。


「その身体能力の強化というのは他人にも使えるんですか?」

「試してないけど、たぶん出来る」


「やってみてくださいよ」

「……でもあなた、効かないんでしょ?」

「物は試しですって」


 大福に言われて、ハルは渋々ながら大福に対して身体能力の強化を試みる。

 ボチボチ時間が経過し、大福は効果のほどを確認してみたのだが……。


「ジャンプ力も走力も普通。視力や聴力がよくなった気もしない……」

「やっぱりダメじゃない」

「うーん、俺の特異性をさらに際立たせる結果になったか」


 結局、大福にはハルの能力は通じないという確認にしかならなかった。


「やっぱり先輩の能力も大したことないんじゃないスか?」

「そんなわけない。あなただって記憶障害はあったでしょ」


「いや、それもなにかの間違いかもしれませんし」

「何かの間違いって?」


「……先輩の能力じゃなくて、くだんの宇宙人の力が影響したとか」

「大福くん、もしかしなくても、ミスティックについて良く知らないでしょ?」

「ミスティック?」


 急に知らない単語が出てきた。

 疑問が素直に口に出てしまい、オウム返しをしてしまった結果、ハルはため息をつく。


「宇宙人って呼び方、大きく間違ってはいないけど、正解でもないのよ」

「でも真澄さんはそう言ってましたよ」


「わかりやすいように抽象化ちゅうしょうかした名詞を使ったんでしょ。神秘秘匿會がつけた彼らの正式名称はミスティック。地球侵略を目論む、私たちの敵よ」

「なるほど。確かに俺のミスティックに対しての造詣ぞうけいは浅かったと言わざるを得ないでしょう。しかし、奴らが影響して俺の記憶に障害が出たというのも、可能性としてはゼロとは言えないでしょう」


「確かにゼロとは言えないわね。でも、ミスティックはこれまで人間に影響する時は広範囲を殲滅するか、もしくは能力者にして自分の手駒にするかのどちらかよ。それが急に、あなた一人に限定して、しかもごく短期間の記憶を奪うなんてイレギュラーにしても異質すぎる」


 話の流れでスルーしてしまったが、『広範囲を殲滅』などという日常会話ではまず聞く事のないワードが飛び出したような気がするが……突っ込むとヤブヘビになりそうなので、放置しておこう。


 しかしイレギュラーと来たか。


「俺はそもそも特殊なんですから、ミスティックにとっても特殊だったのかも。そう考えれば俺だけ特別対応というのも充分考え得る可能性です」

「じゃあ、あなたの短期間記憶を奪うことで、ミスティックが得する事って何?」

「それは……」


 大福が記憶を失っている間の行動は、青葉が証言してくれた通り、特に変わったものではない。


 仮に青葉が確認していない範囲でなにかがあったとしても、数時間の範囲内である。一般人である大福を操れたとしても大したことは出来まい。


「ミスティックも人形遊びがしたかったとか」

「あなたを選ぶんだとしたら、随分変な趣味を持ってるのね」


「俺のどこが特殊性癖に刺さる人形ですか!」

「良かったじゃない。人知を超える存在からの寵愛ちょうあいを受けられるならさ。まぁ、ミスティックに迎合げいごうするならほぼウノ・ミスティカと変わらないから、もれなく私たちの敵だけど」


「……そういや、ウノ・ミスティカでしたっけ? それについても良く知らないんですけど」

「詳しい説明は別の人に聞いてよ。私は面倒だからパス」


「ものぐさな……。俺は巻き込まれ型一般ピープルなんですから、もっと優しくしてくださいよ」

「じゃあもっと殊勝しゅしょうな態度で接しなさいよ」


 お互いに一歩も譲らない舌戦ぜっせん

 先に諦めたようにため息をついたのは大福だった。


「わかりました。ウノ・ミスティカの事は、あとで青葉か真澄さんにでも聞きましょう」

「そうして」


「話を戻します。先輩の能力は本来、もっと多岐たきに渡るんですよね」

「秘匿會の人がいうにはね」

「その能力を全て使えるようにするのが、俺の仕事なわけです」


 神秘秘匿會はハルの能力を全て引き出したい。そうしなければミスティックの脅威から地球を守ることが出来ないから。


 だがハルは原因不明の不調で能力を発揮することが出来ない。


 今日に至るまで秘匿會はあらゆる手段を講じたが、それでもハルの不調は回復出来ず、藁にもすがる思いで大福をあてがうことにした。


 ……というのが、事のあらましである。


 であれば、秘匿會の期待に応えるには、ハルの力を引き出すことが目標となる。

 しかし、ハルも秘匿會の判断には懐疑かいぎ的だ。


「これまでいろんな人が膝を折ってきたっていうのに、あなたなんかに出来るのかしら? はなはだ疑問だわ」

「何を言います。俺は地元でも有数の知恵者としてブイブイ言わしてたんですから」


「じゃあ相当知恵レベルが低いところから来たのね」

「俺の地元の何を知ってるっていうんですか!」

「……ん、まぁ確かにちょっと失礼な発言だったかもしれない」


 ハルは自分の失言を認め、頭を下げることが出来る人間であった。


「大福くんの地元と、そこに住まう方々、申し訳ありません……」

「俺には」


「大福くんはその虚言癖きょげんへきを直すと良いと思う」

「虚言だと決めつける根拠を聞きたいものですね!」


「知恵者は自分の事を知恵者とは呼ばないでしょ」

「わかんないでしょ! そういう知恵者もいるかもしれないでしょ!」


 バンバンとテーブルを叩いて力説する大福に、『そういう仕草が知恵者のそれではない』と突き付けないだけハルは有情うじょうであったが、その視線はかなり冷ややかだ。


 いや逆に身の程を教えないというのは冷酷であると言えるのかもしれない。


 ただ、大福もわかっていてこの茶番をしているので、ノリに付き合ってくれるのはありがたかった。

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