3-1 作戦開始


「というわけでですね! 今日も会いに来たってわけ!」

「……あなたね」


 翌日の放課後。


 いつも通り窓際の席で本を読んでいたハルに、大福が声をかけてきた。

 図書館に似つかわしくない声量であったが、いつも通り図書館には誰もいなかったので、気にする人間もいなかった。


「話を大幅に端折はしょって会話を始めるのは、コミュニケーション弱者の特徴よ」


 迎える側のハルは、ものすごい渋い顔をしている。


 何せ大福の第一声は先ほどの『というわけでですね』だったのだ。

 それまでのアレコレを全くすっ飛ばして話を始めているのである。


 ハルでなくとも怪訝けげんな反応をするだろうし、むしろまともに反応を返してくれるだけ温情おんじょうとも言えよう。


 しかし、その程度で大福はへこたれない。


「昨日、神秘秘匿會のお偉いさんが図書館に来ていた、ってことは、ハル先輩もある程度、事情はわかってるんでしょ?」

「……それは、まぁ」


 大福に秘匿會からの通達が届いたのが昨日。

 ハルの元に日下がやって来ていたのも昨日。


 となれば、ハルと日下が会って話していたのは、もしかしたら大福のことかもしれない、というのは簡単な推察だ。


「お偉いさんからもお墨付きをもらったわけだし、俺も堂々とハル先輩の周りをうろつけるわけだ」

「……青葉ちゃんはなんて言ってるの?」


「青葉は関係ないでしょう」

「真澄さんは? 二人とも、私の力については知ってるはずよ」

「……まぁ、確かにちょっとは心配されましたけどね」


 青葉は表に出して猛反発していたし、真澄も本心では大福に首を突っ込んでほしくはないらしい。


 だが、それでも大福がハルの元へやって来たのは、別に思惑がある。


「俺、思うんですけど、ハル先輩がずっと図書館にいるのって、人を遠ざけてるからじゃないですか?」

「……話を逸らそうとしてる?」


「そういうわけじゃなくて。……森本母娘に心配かけてるのはわかってるし、出来れば意に沿わないことはしたくない。ただ、先輩を必要以上におそれるのは良くない、と思うんです」

「必要以上、というのは明確な物差しがないと測れないものよ。それがないのであれば、極力近づかないというのは賢い判断だと思うけど」


「だからって忌避きひしているだけでは明確な物差しとやらを得ることは出来ません。近付いて、失敗して、それでもまた近付いて、そうして適切な距離を測るべきなんです」

「失敗したら死ぬかもしれないとしても?」


 ハルは真顔で脅し文句を投げかけてくる。


 確かにハルの能力は強力らしい。真澄が説明してくれた事を信用するなら、名状しがたい地球外生命体を一捻り出来る程度だそうな。


 そんな力を一般人である大福が受けたら、そりゃ軽く死ねるだろう。


「でも、俺はそんな先輩の能力を受け付けない、もしくは大幅に軽減できるらしいじゃないですか」


 ハルの脅しに対してケロッと反論出来るのは、大福の持つ特異な体質のお蔭であった。


 先日、記憶に多少の影響はあったものの、身体には全く異常は見られない。

 それはおそらくハルの能力を無効化、もしくは大幅に軽減するナニカが大福の身体にあるからであろう。


「俺なら先輩の能力を恐れず、近付くことが出来ます。そのお蔭で秘匿會も俺に白羽の矢を立てたわけですし」

「あなたが特殊って事なら、私と一般の人の適切な距離ってのはわからないんじゃない?」

「そこまでは高望みしてませんよ」


 いい加減、立っているのも疲れてきたので、大福はハルの対面に座る。

 そして真正面から笑顔を見せつけてやるのだ。


「手始めに、俺と先輩の適切距離を測ろうって話です。その他大勢の事なんて後回しにしましょう」

「その他大勢ってあなたね……」


 あきれ顔のハルであったが、それ以上大福を遠ざけようとはしなかった。

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