2-6 秘匿會とは

 その日の授業も終わり、放課。


 帰宅途中に意識を失うこともなく、大福は無事に森本家へと帰ってくることが出来た。


「ただいまぁ」


 と、ドアを開けると同時、


「どういう事よッ!?」


 テーブルをしたたか叩く音と、青葉の怒声が聞こえてきた。




 リビングまで歩を進めると、お茶をすすりながらあきれ顔の真澄と、息も荒く肩を上下させている青葉がいた。


 二人はテーブルを挟んで対面におり、真澄は着席、青葉は起立した状態である。


「な、なにごと?」


 大福が恐る恐る尋ねると、青葉は一度彼を睨みつけ、テレビの前のソファにどっかりと座りなおした。


 真澄は椅子を勧めてきたので、大福はそれに従って着席する。


「母娘ケンカですか? どうせ青葉が変なこと言ったんでしょう」

「黙れクソ大福。中身のアンコをぶちまけてやろうか」

「俺にアンコなんて入ってねーよ」


 どうやらすこぶる機嫌が悪いらしい青葉から、見られただけで穴が空きそうな殺意の視線を受け、大福は肩をすぼめながら真澄に向き直る。


 真澄は一口お茶を飲むと、一つ深呼吸を挟んで、一枚の紙を取り出す。


「これ、大福くんに」

「俺に? なんかの書類ですか? 奈園では珍しい……」


 学校から配られるプリントなども、奈園では端末にそのまま電子データとして送信される。


 それを考えると、普通の紙に印刷された文字を読むのは、久しぶりのような気がしてくるから不思議である。


「えーと、なになに? 神秘秘匿會からの通達……秘匿會!」

「大福くんには話していなかったけど、私が所属している組織の名前」


「えッ!? 真澄さんの雇い主ってコト!?」

「そゆこと。ついでに言えば、青葉もそこに仮所属してる」

「青葉も!?」


 驚いて彼女を見ても、背中を向けてソファに浅く座っているだけだ。


 だが、否定が飛んでこないところを見ると、無言の肯定なのだろう。


「え? なに、急に情報が錯綜さくそうしてる……。俺、今日のお昼に秘匿會の支部長なる人に挨拶されたんですけど……」

「そう、日下さんがね……」


 大福が取り出した日下の名刺を見て、真澄も『なるほど』と納得した様子である。


「あの人なら行動も早そうだから、そうなることもある程度予見してたけどね」

「……真澄さんも青葉も、ハル先輩の超能力を知ってる、ってことですよね?」

「そう。私たちはハルちゃんみたいな存在を秘匿するために存在している組織だから」


 青葉もハルとの会話で秘匿會の事や、ハルの能力について喋っていた様子である。


 その事から、ハルの超能力を見た時に、大福も少しは勘付いていた事であったが、実際に真澄の口から聞かされると動揺を隠せない。


「つまり、真澄さんはずっとこの仕事をしていて、超能力者の存在を知っていた?」

「ええ、この日本……いえ、世界中には何千、何万という超能力者が存在していて、私たち神秘秘匿會によってその能力を秘匿されている。目的はひとえに、常識という平穏を維持するために、ね」


「……でも日下って人は、それだけじゃ五十点って言ってましたよ」

「……そうね。私たちが本当に隠したいのは、その能力の原因の方」

「能力の、原因?」


 大福の認識で言えば、超能力というのは先天的なモノだと思っていた。


 元々生まれ持った力として、サイコキネシスやテレパスなど、あらゆる能力を持っているのだと。


 大体のフィクションではそうだったような気がするし、きっと現実でもそう言う事なのだろう、と。


 しかし、どうやら違うらしい。


「大福くん、宇宙人って信じる?」


 急に真面目な顔をして、真澄が尋ねてくる。


 内容の突飛さに、多少面を食らってしまったが、どうやらマジな質問のようだ。


「そりゃ、宇宙のどこかにはいるかもしれませんね、って感じですね」

「そうね。この広い宇宙なら、どこかにそういう存在がいるかもしれない……。でも、その宇宙のどこか、っていうのが地球のすぐ近く、って言ったら?」


「……話の流れ的に、いるんスか?」

「超能力者が発生する原因は、その宇宙人よ」


 話のとんでもなさに、とうとう大福も頭をおさえてしまう。

 いくらなんでも嘘くさすぎる。


「冗談とかじゃ、ないんですもんね」

「私も冗談は好きな方だけど、これがそうでもないから困ったもんよね」


 大福も、なんの前提条件も無ければ、嘘八百うそはっぴゃくだと笑い飛ばすだろう。


 だが、事前にハルの超能力は目の当たりにしてしまっている。

 あれを見た後であれば、ある程度の荒唐無稽こうとうむけいな話も真実ではないか、と思わされる。


「つまり、ハル先輩は宇宙人にアブダクションでもされて、改造手術を受けて帰ってきたら、超能力者になっていた、と。それを隠すのが真澄さんたちが所属している組織だと」

「ちょっと違う」


 難しい顔をしながら、真澄は大福が持っていた秘匿會からの手紙を裏返し、そこにペンを走らせる。


「それ、大事なお知らせじゃないんですか……?」

「良いのよ。内容確認したら、あとはもうメモ帳代わりよ」

「いや、俺はまだそれ読んでない……」


 困惑する大福を他所に、真澄はスラスラとペンを走らせる。


 そこに記されたのは宇宙人、超能力者、秘匿會、ハル、そして地球であった。


「まず、この宇宙人。これが影響して超能力者が出来上がる。それを秘匿會が隠蔽いんぺいしている。それは大福くんの認識の通り」

「宇宙人が影響する、というのは具体的に?」


「なんか、不思議な電波でも飛ばしてるんじゃない? 実際、奴らは手を触れずとも、人間を超能力者に仕立て上げるわ」

「じゃあ、アブダクションもされない?」

「そもそも、UFOに乗ってやって来てるわけでもないしね。アイツら、生身で宇宙空間を自由に移動できるのよ」


 大福の中の宇宙人像が、ますますヤバいものになっていく。


 今までリトルグレイのような、ちょっと小柄の未確認生物の印象だったのに、今では名状めいじょうしがたい異形のナニカになりつつある。


「えっと……もしかして、それはコズミックホラー的な存在って事?」

「どっちかっていうと、それに近い」

「えぇ……」


 だとしたら笑って聞いていられる状況じゃないかもしれない。


 何せ、コズミックホラーの地球外生物と言えば、一つ一つが生半可ではない存在で、人間ごときが太刀打ち出来るような代物ではないのだ。


「大丈夫なんスか、秘匿會?」

「大丈夫だから、二百年以上も続いてんのよ」

「案外、年季の入った組織だった!」

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