2-5 お偉いさん
缶ジュースを飲んで一息つきつつ、適当に時間を潰して大福も図書館を出る。
時間もちょうどいい頃合い。もうすぐ午後の授業が始まるため、まっすぐ教室を目指そうと思ったのだが……
「あ、出てきたね」
図書館を出てすぐ、中央広場のベンチに座っていた男性が立ち上がって、大福に手を挙げて挨拶をしてくる。
男性はスーツ姿で学生の様には見えない。
……そんな感想を抱いた時、大福は図書館へやって来た時の記憶を思い出した。
「あ、さっき、図書館の階段ですれ違った……」
「そう。君が出てくるのを待っていたんだ」
優しく笑いかける男性は、明らかに年上。
教員か、それとも学園に入り込んだ不審者か。
まぁ、学園の入口があれだけ厳重なセキュリティなら不審者の線は無しか。
「教員の方ですか? 俺、なにかしでかしました?」
「いや、僕は教員じゃないし、君が何かしでかしたわけでもない」
「じゃあ、俺に何か用事ですか?」
「ああ、一応、今日のところは挨拶だけのつもりだけどね」
言いながら、スーツの男性は懐から名刺を取り出し、大福へ差し出した。
受け取って確認すると、そこに書かれていたのは名前と所属と役職。
「
「そう。よく読めたね。
「まぁ、それなりに本は読むので」
褒められてまんざらでもない大福は、それでも頭を回す。
確か、ハルと青葉の会話に『秘匿會』という言葉が出てきた。
そこに所属しているこの人物――日下は、もしかしたら情報源になってくれるかもしれない。
「組織名から察するに、なにか秘密を守っているようですが」
「差し当たって一つ例を挙げるなら、我々の組織の存在も秘匿しているよ。本来なら君とこうして接触することは、まずなかっただろうね。君だけでなく、他のあらゆる人間であっても、こうやって気軽に挨拶することはなかった」
「じゃあどうして?」
「君が特殊な人間だと聞いたもので」
やはりハル絡みでの特例だったか。大福が特殊な事象を起こしたことなど、これまでハル絡みでしかない。
となると、日下もハルの特殊能力について知っている側ということだ。
「察するに、あなたがたが秘匿してるモノというのは、ハル先輩の超能力ってことですか」
「惜しい。五十点くらいかな」
「残りの五十点は?」
「全てを教えることは出来ない。何せ僕らは秘匿會だから」
そう言われると、納得せざるを得なかった。
組織の理念を捻じ曲げて情報を吐かせられるほど、大福の手元にカードはない。
「じゃあ、まぁしゃーないスか」
「おや、意外と折れるのが早いね」
「粘れば話してくれるんスか?」
「そういうわけではないけど……なるほど」
日下は値踏みをするように頷いた後、なにかを納得したらしい。
「いや、我々としてはありがたいよ。秘密は誰にもバレない方がいい」
「もしかして、先輩の能力の事を口止めしに来たとか?」
「別に、君が話す分には構わないんじゃないかな。だって、君が
その通りである。
奈園では完全なるニュービーの大福は、どこにも信用がない。
そんな大福が『ハル先輩は超能力者だ!』なんて声高に叫んだとしても、五百蔵だって信用してくれないだろう。
「口止め料をせびれると思ったんですけどね」
「はは、大人しく我々の言うことを聞いてくれるなら、小遣いくらいあげるよ」
「……ってか、だとしたらマジで何の話があったんスか? ホントに挨拶だけ?」
「まぁ、そのつもり。今日は僕の顔と名前だけ覚えてくれればいい」
不敵に笑む日下。
大福としては彼の事を覚えておくのは、やぶさかではない。
何せ、彼の行動は不審さしかない。
ハルの事を詳しく知っているらしいのも怪しいし、これまでの言動も怪しい。なんなら学園の関係者でもないくせに学園内に堂々と侵入しているのも不審である。
もし何かあればすぐに警察に通報できるよう、人相などはよく覚えておこう。
懐疑の視線で睨みつける大福に対し、日下は
「じゃあ、そろそろ帰るよ。君ももうすぐ授業が始まるんだろ?」
「え? ああ、そうスね」
「早く教室に戻った方がいい。変に時間を取らせてすまなかったね」
「構わないスけど……」
「……森本
「そこまで知ってるんスか!?」
驚く大福を他所に、日下はそのまま校門の方へと歩いて行ってしまった。
なにからなにまで怪しい人物ではあったが、油断ならないとも思えた。
彼はどこまで知っているのだろうか。
そう思いながら、もう一度、彼の名詞を確かめる。
「神秘秘匿會、奈園支部長、ね」
大層な肩書だが、どれほどの権力を持っているのかはわからない。
彼に対応するのは慎重になったほうが良さそうだ。
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