2-4 じゃあなんで俺だけ?

「これが……先輩の能力」

「そうよ。……気持ち悪いでしょ」


 今まで自慢げであったハルが、急に自嘲じちょう気味に笑い、ストンと椅子に腰かける。

 テーブルの上に顎を載せると、缶ジュースを飲むでもなく、手で弄んだ。


「漫画やアニメなんかじゃ『わぁ、凄い!』なんて言われる超能力も、実際に目の当たりにするとあなたみたいに引いちゃうモンよね」

「え、俺が引いてる様に見えるんスか?」


「違うの?」

「いやいや、テンション上がるでしょ!」


 生で見ることが出来た超常現象と、それを操るハル。


 マジモンの超能力者を見て起こる反応と言えば、両極端であった。

 ドン引きするか、テンション上がるか。大福は後者のパターンだ。


「先輩をテレビ局に売り込めば、一財産築けそう」

「俗物な感想ね。そういうのが一番嫌い」


「じゃあその手の研究所に送って、全人類超能力者化のいしずえに」

「さっきのと五十歩百歩でしょ。……あなた、意外とまともなのね」

「何を言います! 俺はそんじょそこいらの人間とは違いますよ!」


 今度は大福が立ち上がり、気落ち気味のハルの顔を高みからのぞき込む。


「何せ、神にも等しいと豪語する先輩の能力が、俺には効きにくいらしいですから! なんなら、あなたのメタ的存在であると言っても良い!」

「くっ……そう言えばそうだった」


 ハルが凄ければ凄いほど、そのメタ存在である大福も比例して非凡性を高める。

 ただし、それが本人の性格がまともであるという反証にはならないが。


 そう、大福はまともなのである。


「しかし、割と普通な俺が、どうして先輩の超能力を無効化するのか」

「ホントそれ。……いや、でも昨日記憶を失くしたんでしょ? じゃあ完璧な無効化とは言えないじゃない」


「それだって謎のタイムラグが発生したわけでしょ。今まで他の人間に能力を使って、そういう事例はあったんですか?」

「……そもそもあまり人には使わないよ。怖いし」


 便利な能力であるとは思ったが、どうやら超能力者本人にはそれなりの苦悩があるらしい。


 確かに『何でもできる能力』とやらを急に得てしまえば、ちょっとした不安もあるだろう。


 その心境は多くを聞かずともわかった。

 ハルの表情が深く暗い雲に覆われたように陰ったからだ。


 それを見て、大福はパチンと手を叩く。


「察するに、つまりそれは『夕食何にする?』と聞かれた時に『なんでもいい』と答えられた時の母親の心境」

「うん、全然違うね」


 一刀両断で否定されてしまった。


 だがそれでも一瞬気落ちしたハルの顔に、笑顔が戻った。


「質問に答えるけど、私が能力を使ってタイムラグが発生したことはない。その点ではやっぱり大福くんは特殊よね」

「じゃあ、なんで俺だけ……」


 その点に関しては謎ばかりが残る。


 大福は一般的な男子高校生である。

 平均的な身体、平均的な学力、平凡な性格に平凡な発想。


 取り立てて変わっていると言えば、家庭環境だけは特殊であろうか。


「まさか、先輩の能力は他人の家に居候してると効かない……ッ!?」

「そんな変な制限がかかるわけないでしょ。……ってか、他人の家に居候!?」


「あれ、青葉から聞いてないですか?」

「えっ!? そう言えばそんなこと言ってた気がする……って、青葉ちゃん家に居候してんの!? ヤバくない!?」


「……いや、冷静に考えるとヤバいんですけど、他に身寄りがなくてですね……」

「え、あ、そっちもヤバい……」


 森本家に居候している件を突っ込んで尋ねたいところであるが、しかし大福の家庭環境はものすごく特殊でツッコミづらい。


 そのヤバさは真顔で伝えられた『身寄りがない』に集約されていると言って良い。

 ハルもまともな感性を持っているため、それが踏み込んではいけない地雷だという事はすぐに察した。


 気まずい時間が流れるかと思ったところに、ハルの端末がアラーム音を鳴らす。


「……そろそろ昼休みが終わるわ」

「まだ時間ありますけど」


「私は次の授業、体育なの」

「そういや、そんなこと言ってましたね」


「……誰が?」

「えっと……」


 つい先ほど、ハルから聞いた話であるが、元々は五百蔵から聞いた話だ。

 どちらを答えようか悩み、言いよどむ。


 それを見て、ハルは小さく笑った。


「あなた、普通な上に隠し事も下手」

「何をバカな。地元じゃポーカーフェイスと言えば俺のことですよ」

「冗談はそこそこね」


 もう一度笑顔を残したハルは、そのまま図書館を出て行った。

 手持無沙汰になった大福はその後ろ姿を見送りつつ、口を開けたままの缶ジュースを飲み干した。


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