2-3 彼女のチカラ
その日の昼休み、大福は昼食を早めに済ませ、学園内の図書館へとやって来ていた。
昨日と同じく人の気配がほとんどなく、足音がそのまま反響してしまうような建物であったが、大福が二階へ上る階段の途中で人とすれ違う。
「おや」
二階から階段を下ってくる人影は二つ。
学生ではなさそうなスーツ姿の男性が二人であった。
大福は教員か何かだと思い、適当に会釈しつつ、二人の横を通って閲覧スペースへと向かったのだが、その後ろ姿を二人の男性は足を止めて見送っていた。
閲覧スペースまで入ってくると、昨日と同じように窓際の席にハルがいた。
しかし、昨日と違うのは、彼女が本を手に持っていても開いていないことだろうか。
「先輩、今日は本を手に持ちながら
大福が声をかけると、ハルは言葉もなく彼を見上げた。
しばらく顔を見つめると、小さくため息をつく。
「なんスか、人の顔を見てため息とか、失礼ですよ」
「あなた……
「おおらかなのは認めますが、暢気と言うとちょっと聞こえが悪いですね」
「そうやって軽口を叩けるのも、今の内だからね」
もう一度ため息をついた後、ハルは椅子から立ち上がった。
「おや、どこへ?」
「本を返して、教室に戻ります。次の授業は体育だし」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってましたね」
「……? 誰が? 私が?」
「あ、いえ、こちらの話です」
ハルが五百蔵の事を認識しているかどうかは謎だが、彼の名誉を保つために詳細は伏せておいた方が良いだろう。
「教室に戻る前に、質問をしていいですか?」
「……なに? 手短に済ませてよね」
「昨日、俺に何かしました?」
「それを、あなたが確認するッ!?」
大福の質問が彼女の
ハルは図書館に似つかわしくない大声を上げてしまい、すぐに口をおさえた。
周りに人がいなかったのは
「あなた、私をからかってるんでしょう」
「あ、いや、すみません。そう言えば先輩は
「ぐっ……あなた、マジで調子乗ってると、頭ン中ぐちゃぐちゃにしてやるからね……ッ!」
「なにそれ、怖い」
非常に恐ろしい脅し文句を喰らいつつ、大福はハルの対面にある椅子に腰かける。
その様子を見て、ハルはやはり警戒強めに大福を見つつ、自分も椅子にかけなおした。
どうやら対話には応じてくれるらしい。
「私があなたになにかをした、っていうのは本当よ。青葉ちゃんから聞いたの?」
「いえ、俺の実感です。昨日、下校した辺りから記憶が途切れまして。……あ、今の青葉にはオフレコでお願いしますよ。アイツに心配かけたくないですから」
「記憶が? ……それは妙な話ね」
大福の話を聞いてハルは神妙に顎をおさえる。
ハルが考え込む様を見ながら、大福は昨日のことを思い出していた。
「確か先輩、今日の事は忘れるように、みたいな暗示をかけてましたよね。それで俺の記憶がどうにかなったー、って話ならそれで納得して帰るんですけど」
「昨日はあれだけ茶化したくせに。……でも私の能力が一部影響した可能性もなくはない、のかしら?」
「自分で設定した能力なのに、詳細を把握してないんですか?」
「あなたはどうしても私を中二病罹患者にしたいみたいね! でも違うから! 私は本当に凄い能力を持ってるんだから!」
「言うだけなら、俺だってスーパーサイヤ人ですよ」
「そんなこと言っていられるのも今の内よ! 今日はお偉いさんから許可だってもらってるんですからね!」
「許可? 先輩の能力は許可を得ないと使えないタイプなんですか?」
「そうよ。目立つようなモノはね」
質問に答えつつ、ハルは手に持っていた本をテーブルに置き、くるくると指を回す。
それは下手な手品師のまじないのようなジェスチャーで、見ていてちょっと笑ってしまうような雰囲気であった。
――のだが、次の瞬間には大福の薄ら笑みが消える。
今まで静かにテーブルの上に横たわっていた本が、急に空中へと浮かび上がったのだ。
「……えっ!」
「驚いた? でも、こんなものじゃないんだから」
目を丸くする大福に気を良くしたのか、ハルはそのまま本を本棚の方へと飛ばした。
この場から確認は出来なかったが、おそらく元あった場所に戻ったのだろう。
目の前のテーブルの上で空中に浮かせるぐらいは、ちょっとした手品かな、と思わなくもないが、その本が本棚の方まで飛んでいくとなると、タネも仕掛けも想像がつかない。
「今のって……」
「今のが私の能力の一端。ど? 信じる気になった?」
「いや、自分の目が信じられないんですけど」
「起こったことは素直に受け入れた方が良いわよ。本気になれば私の能力はこんなもんじゃないんだから」
ハルがもう一度指をふらふらとさまよわせると、ひとりでに窓が開き、どこからともなく缶ジュースが飛び込んできて、テーブルへと着地した。
そのまま勝手にプルタブが開き、いつでも飲める状態になってしまったのだ。
これは最早、手品というレベルを超えているだろう。
「先輩は……サイコキネシストだったんですか!?」
「念動力だけじゃないわよ。あなたには通用しなかったみたいだけど、人の記憶や意思を操ったり、何もないところから炎や水を出したり、考え得る限りのあらゆることが出来るわ」
「え、神じゃん」
「そう! 神にも等しい存在なの! 崇め奉りなさいよ!」
立ち上がったハルは腰に手を当てて胸を張る。
挙動が子供っぽくて神っぽさは霧消したが、見せてもらった能力は素直に凄い。
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