2-2 奈園学園のいろは

 青葉の言葉を信用するなら、大福はいつも通りに行動していた。


 真澄の用意してくれた昼食を元気に食べ、気疲れしたからと早めにベッドに入り、夕食を抜いた事に目をつむれば、通常営業だったと言える。


 であれば、あの現象は何だったのか。


 自分の記憶が途中で途切れているのは何故なのか?


 考えられる原因となれば、おそらく奈園学園内にあるのではないか、と推察される。


 下校するまで普通に活動が出来ていて、下校時に急に意識が遠のいた。

 とすれば直近に存在していた状況を怪しむのは捜査の第一歩だ。




 というわけで今日も律儀に一限から出席を決め込むことにしたわけだ。

 リモート授業が主流であるらしい奈園において、その流儀に則って自宅で授業を受けるのもやぶさかでないなぁ、などと考えていたりもしたのだが、そんな軽い興味関心よりも重要な案件というものはある。


 朝のホームルームも一応行われるようで、登校した生徒は教室に集められるようになっていた。


「お、大福。今日も登校して来たのか」

「おや、五百蔵いおろいくんじゃないか」


 大福が唯一、顔と名前を覚えているクラスメイト、五百蔵も教室にいた。


「五百蔵くんこそ、奈園住民ならリモート授業がデフォルトになってると思ってたぞ」

「いや、別にそういうわけじゃねぇよ。今日は副教科の授業が予定に入ってるだろ? そういう日は実際貴重なんだよ」

「副教科?」


 言われて端末で確認してみると、確かに体育と選択授業の時間割りが組まれている。


 しかし、それのどこが貴重か、と言われると大福にとってはわからない話だ。

 それも奈園学園特有の感覚である、と五百蔵は前置きしたうえで説明をしてくれる。


「本土の学校はリモート授業ってあんまりないらしいからわからんかも知れんが、副教科って実技を必要とするから、リモート授業じゃ出席出来ねぇのよ」

「まぁ確かに、体育にリモートで出席して、ルームランナーを用意するのも面倒だろうしな」

「そのため、副教科の授業は実際に登校して出席しなきゃならんのよ。そうしなけりゃ卒業のために充分な単位が取れないからな」


 副教科とは言え、大事な授業の一環である。


 そこの出席日数が足りなければ、当然補習が待っており、夏休みや冬休みを削る羽目になるだろう。


「つまり、リモートで受けられない授業があるから、こういう日は貴重ってことか」

「ああ。別に日数が少ないわけでもないんだが、大福の言うように奈園学生はリモート授業に慣れてるからな。『副教科の授業があったけど、登校忘れちゃった、まいっか!』となりがちなわけだ」


「まいっか、でスルーし続けた場合はどうなるんだ」

「一応、補習もあるから、ある程度の余裕はあるんだが……補習には定員がある。それに漏れるとマジでヤバい」


「ヤバい……って」

「最悪の場合は退学だな」


 年度ごとの出席回数が満たず、休日を利用した補習などで補填ほてんが出来なかった場合、退学を余儀なくされる。


 学生の退学というのは、ほぼ島外への追放と同義。


 家族全員に影響が出るとなれば、学生はそれを回避するために躍起やっきになる。

 リモート授業に慣れた学生は副教科をないがしろにしがちなので、それを忘れないために副教科の授業がある日は登校する人間が多くなる傾向にあるという話だ。


 大福が教室を見渡せば、確かに本日の出席率は高い。


「しかも、だ」


 目を離した大福の服を引っ張り、五百蔵は少し声のトーンを落とす。

 何事かと耳をそばだてると、五百蔵はニヤニヤ笑いながら重大情報をこぼした。


「今日は朝倉先輩のクラスでも体育の授業がある。体操服姿を拝めるのはラッキーだぜ」


 下衆げすな話ではあったが、大福にとってはとても重要だ。


 今日、登校してきたのは昨日の不可解な現象の原因を探るため。

 もしかしたらハルもそれに関わっている可能性はある。ならば事情聴取の余地ありだ。


「おっ、大福も目の色が変わったか。オヌシもむっつりよのぅ」

「ち、違う! この『ハードボイルドが人間という形を作った』と言われる俺様が、女人の服装一つで悲喜ひきを動かすものかよ!」


「変に焦るところが怪しい」

「ってか五百蔵くん、先輩の時間割りも把握してるとか、ちょっと引くわ」

「やめろ! 自分でもちょっとキモいと思ってんだから!」


 じゃあやめろよ、と思ったが、口には出さないでおいた。


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