1-9 奇妙な違和感

 憔悴しょうすいしたハルを放って、大福は青葉に引きずられるように帰路についた。


 市電の駅まで向かう途中でも、青葉の背中は『何も聞くな』と雄弁ゆうべんに語ってくる。

 質問をすることは許されないのだろう。


「なぁ、青葉」

「ぁによ?」


 振り返りもせず、返事を返してくる。


 こりゃ取りつく島もないな、と諦め、大福は別の話題を探すことにした。


「奈園学園って、リモートでも授業に参加できるんだってな。お前も、それで朝はゆっくりしてたのか?」

「まぁね。端末さえあれば、どこでも授業を受けられるし、別に朝に焦って登校する必要なんかないのよ」


「つっても、それだとちゃんと授業を受けてるかどうか、わからなくないか?」

「学園では定期試験がアホみたいに重要視されてるからね。授業を受けてないヤツはその時にふるいにかけられる様になってる。まぁ、あたしみたいに地頭じあたまが良い人間はテストも余裕で通過できるし、出席さえ立証出来りゃ、あとはどーにでもなるってわけ」


 緩いルールのツケはどこかで解決されるようになっているらしい。リモートでズルしようとする人間は、テストでボロが出るわけだ。


 ちなみに、オリエンテーションでも説明された通り、定期試験と学園行事の時には登校が義務付けられており、身代わり試験などは出来ないようになっている。


 テストで悪い点を取ると当然のように補修が設けられ長期休暇が削られる。補修でもどうにもならないような最悪の場合は退学となる。


 奈園島には小中高の学校は奈園学園しかないため、退学になった場合は島から出て他所の学校へ通うことになる。そうなれば家族で島を離れるしかなくなるだろう。


 それを回避するために、開校以来、学園生徒に退学者は出ていないようだ。


「大福が退学になったら、もちろんアンタだけ島から追い出す事になるから」

「ふん、心配されんでも俺はそんな不義理を働くような男ではないよ」


「心配なんかしてないわよ。むしろ、アンタが出てってくれた方が清々するわけだけど?」

「ほーんとは寂しいくせにぃ」

「ぶん殴るわよ」


 明らかな殺意を向けられ、不本意にも生命の危機を感じ取ってしまった。




 その瞬間、ふと奇妙な感覚が襲う。


 気が付くと、大福は自分の背中を見ていた。


(おや……?)


 人間誰しも、一番縁遠い場所というのは自分の背後であろう。

 生きている間に、自分の背中を見るような事はほとんどない。


 しかし、大福は生きたまま、それを視認していた。


(これは……なんだ……?)


 急な現象に戸惑うよりもほうけてしまう。

 思考がまとまらず、状況をうまく把握できない。


 大福の身体が、大福をおいて前に歩いているのだ。

 しかも、


「はーぁ、マジでアンタ、女二人暮らしのところに転がり込むとか、神経疑うけどね!」

「いやぁ、真澄さんは優しいから! 青葉と違って!」


「……ッ!」

「痛ッ! 無言で殴るなよ! 痛いって! 痛……やめ……」


 青葉はこの状況に気が付いていない様子。

 大福をおいて行った大福も、自分がこんなことになっているのを全く感知していない。


(なんだこれ……幽体離脱ってことか!?)


 おいて行かれた大福が自分の身体を確認すると、確かに半透明になっている気がする。


 自分の魂が肉体から乖離かいりし、全く別の個体のように存在している。


 だがおかしい。それなら肉体も抜け殻のようになるべきでは? フィクションで良くある幽体離脱ではそういう表現であった。

 フィクションと現実は違うということか? それともまた別の原因が……


 大福が戸惑い続けていると、肉体がふと足を止め、こちらを振り返った。


(……なっ!?)


 その顔にはこちらをあざけるかのような笑みが浮いている。

 肉体は、大福の魂が離脱しているのを、認識している。


(テメェ、俺の身体……おわッ!)


 霊魂の状態で肉体に殴りかかろうとした大福であったが、彼を取り巻く世界が急激に漆黒へと染まっていく。

 大福の周り全てが闇に覆われた時、彼の意識も遠退いて行った。

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