1-8 助っ人参上

「……なんなの、この状況」


 ややしばらくして、図書館にもう一人、人影が現れる。

 声に気付いて大福がそちらを見ると、そこにいたのは小柄な少女であった。


「あ、あお――」

「青葉ちゃーん!!」


 大福が声をかける前に、ダッシュで駆け寄っていったハルが現れた少女――青葉に抱きついていた。


 どうやら先ほど、ハルが凄んだかと思ったら急に涙を零した後、大福から隠れるようにして電話をかけていた先は、青葉だったらしい。


「朝倉先輩……なんで大福と一緒に?」

「え、青葉ちゃん、この人知ってるの?」

「知ってるというかなんというか……」


「おい青葉! 答えにきゅうする必要なんかないだろ。お前の兄貴分だと言ってやれ!」

「別に兄貴分だと思ったこともないし」


 困惑する青葉、同じく困惑するハル、そして何故か堂々としている大福。

 奇妙な三人で形成されたこの場に、まともに状況説明をする人間などいようか?


「とりあえず整理しましょう。朝倉先輩、何があったのか順を追って話してくれますか?」

「え、ええ」


 一人だけ冷静を保った青葉によって進行され、ハルはなんとか説明を始める。


「私がいつも通り、図書館で本を読んでたら、急にこの人が来て、私の力が通じないの」

「……それは」


 ものすごく端的な説明であったが、それでも事の重大さを悟ったらしい青葉は、神妙な顔をして大福を見やる。


「ちなみに、大福はどうしてここにいるわけ?」

「別に、俺は観光くらいの気持ちで学校設備を見て回ろうと思っただけだ。図書館だって嫌いじゃないし、俺がここにいることに何の問題もあるまい」


「あるから言ってるんじゃないの……あぁ、もうなんなの!?」

「俺にキレられても困る」


 おおよその状況はわかったが、そうなった原因がわからないらしい青葉とハル。

 大福にとってみれば、それほどおかしい状況ではないと思えるのだが、二人はそう捉えていないらしい。


 不思議に思って首を傾げる大福を他所に、二人はひそひそと相談を始める。


「青葉ちゃん、この人、ホント、なんなの?」

「ああ……うーん、一応、ちょっとした身内です。昨日からこっちに引っ越してきてて」


「秘匿會じゃないのよね? ウノ・ミスティカでも……」

「それは違います。あたしと母が保証します」

「それなら……良いか」


 また不思議な名詞を口走り、青葉の保証を受けてどうやら安心はしてくれたらしいハル。

 一度深呼吸をした後、改めて大福に向き直った。


「あなたは何者なの? 正直に、包み隠さずに答えて」

「何者と問われましても。地元じゃ負け知らずのイケメンオブザイヤーでしたが、この奈園では単なるニュービーです。しかし半年もすればここの人間も、誰が王者なのか思い知ることになるでしょう」


「……青葉ちゃーん……」

「いや、虚言が八割ではありますが一応一般人であることは本当ですし、これが大福の通常営業だと言えばそうなんですよ」


「おいおい、青葉。数年間のブランクがありながら、何を根拠に俺の通常営業を語るのか」

「数年前からアンタは成長してないって言ってんのよ」


 謎に不遜ふそんな態度の大福に対し、青葉の反応は冷たい。これも数年前から変わらない態度ではあるので、成長していないというのであれば彼女も同等だ。


 そして事実、今回の場合は大福も通常営業の態度で質問に答えており、自分が何者であるかを素直に答えたつもりだ。


 多少わかりにくい表現が含まれているのは、大福の人となりの表れだと言えよう。


「俺ばかりが詰問きつもんされているのは不公平だと思うのだが。そちらも自らの素性を明かすべきでは?」

「そう言えば、私の方はまだ名乗ってすらいなかった」


 流石にそれは不義理だと思ったのだろう。

 ハルは一度、気を取り直すように咳払いをした後、軽く会釈えしゃくをする。


「私は奈園学園高等部二年、朝倉ハルです」

「はい、どーも」


 まぁ、事前に正体は知っていたわけだが、しっかり本人から聞いておかなければ道理としておかしくなるだろう。

 通過儀礼としてお互いの自己紹介というのは重要だ。


「んで、ハル先輩と青葉の関係は? 仲が良さそうに見える」

「仲がいい、というか……」


 口ごもるハルを庇うように青葉が立ちはだかり、眉をひそめて大福を睨んだ。


「アンタは気にしなくていいのよ」

「そういうわけにいくか! 真澄さんの目の届かないところでは俺が青葉の保護者だからな」


「ウザ……。人の交友関係にまで口出ししてくるとか、過干渉っていうのよ、そういうの」

育児放棄ネグレクトよりマシだろ」

「アンタに育児される覚えはないっつの」


 全く口の減らない青葉。大福も口は回る方だが、論破するには時間を要するようだ。


 そしてここまで黙秘するからには、何かしらの事情を窺わせる。

 深追いしても良いが、確かに過干渉は考えモノである。


「……まぁ別に、青葉とハル先輩も同じ学校の先輩後輩だろうし、付き合いがあるのは不思議でもない。突っ込んだ話を聞くつもりもないし、ここは寛大かんだいなる俺様が身を退いてやろう」

「いちいち恩着せがましいのよ、鬱陶しいな……」

「気にかかるのはそれよりも別のワードだ。ハル先輩の力、なんとか會、ウノなんとか。それらの説明をしてくれなきゃ、いまいち状況がわからん」


 ハルと青葉の関係性なんか、正直どうでもよい。


 興味があるのは謎のワードの羅列。

 ハルの中二病ワールドが繰り広げるオリジナルワードかと思ったら、青葉もそれを同様に認識している様子。


 それが二人の間の共通認識であるとすれば、おそらくそこに何かしらの意味があるはず。

 だが、それを聞いて青葉は薄ら笑みを浮かべてハルへ向き直った。


「朝倉先輩、そう言う事を人前で軽々しく口走っちゃいけないって言われてるでしょ。奇人変人だと思われちゃいますよ」

「あっ! 青葉ちゃん、私を中二病罹患者に仕立て上げて、全ての責任を私におっ被せるつもりでしょ!」


「はいはい、お薬は飲みましたか~?」

「中二病に効く薬って何よ!? 開発出来りゃ、さぞ著名な人物になれるでしょうね!」


 ぎゃーぎゃーわめくハルと、それを薄ら笑みでなだめる青葉。


 二人の様子を見ながら、大福は変に得心した。

 青葉はどうあっても説明するつもりがない、と。


 それは論理的ではない、ものすごくふんわりした感覚。

 誰に理解しろと言っても無理だろうし、共感を得るのは不可能だろう。


 だが、それでも大福にとっては真実の感覚であった。


「わかったよ。今のところは、ハル先輩の中二病が産み出した空想の産物ということにしておこう」

「いや、やめて!?」


「シッ、朝倉先輩は黙って! 今、話がまとまりかけてるんだから!」

「私の尊厳を破壊して!? それほどの価値があるのかしら!?」


「じゃあ、大福に全部話すの?」

「う……ぐっ……」


 どうやら尊厳破壊と守秘を天秤にかけた結果、守秘が勝ったらしい。

 ハルは血の涙を流さんばかりの表情で、


「私の……中二病の、産物……です」


 と絶え絶えに言葉にした。


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