1-5 邂逅

 奈園学園の図書館は、普通の市立図書館として運用されていてもおかしくない程度の規模であった。


 三階建ての建物は一階部分が開かれていない書架しょかの保管場所、二階と三階が一般に開放されている書架のスペースとなっている。


 各階に受付が存在しており、本の貸し出しなどもここで申請するらしい。貸し出しには各個人が持つ電子端末を利用して登録等をするらしく、借りパクなどを企もうものならあらゆる手段を講じて返却を請求することが可能であった。


 受付のそばには書架の検索端末や、書架を電子情報に変換して閲覧できるタブレットなどが置かれており、奈園らしさも感じられる。


 ただし、完全オートメーション化されているわけでもなく、しっかりと受付カウンターの向こうには司書の人間がおり、静かに事務作業をこなしている。


 それは技術的に不可能、というわけではなく、奈園の運営の意向に『人を介するコミュニケーションも大事だよね』というモノも含まれているらしく、未だに街の店員なども人間が働いているのだ。受付もこれの一環である。


 さて、そんな人の営みも感じられる奈園学園図書館にやって来た大福だが、やはりここも人が少ないのだな、と実感する。


 一階の受付には二人ほど司書の方が仕事をしているようなのだが、それ以外に人間は見当たらない。

 そこから閲覧スペースである二階に向かっても、ほとんど人の姿は見受けられなかった。


 今の時代、紙の本など流行らない、ということなのだろうか。

 それとも単に、今時分いまじぶんの学生も図書館などという場所に興味が少ないのだろうか。


 どちらにせよ、シンと静まり返った図書館は、しかしそれはそれで居心地が良さそうなものであった。


「図書館とはこうではなくては」


 小さく独り言をこぼした大福の声も、気を付けなければ反響してしまうのではないかと思う程度に静かさを保つ図書室。


 足音すら殺して本棚に近付くと、そこには様々な本が並べられている。

 学校所有の図書館であるため、各種参考書や大学の論文などが集められたスペースから、大衆娯楽のペーパーバック、児童向けの絵本や児童書まで。


 そのレパートリーは多種多彩で、あらゆる人間に対応できるカバーりょくを見せていた。


 誰かが何らかの知識を求めてここにやってくれば、あらゆる要求に応えてくれる。そんな信頼感すら感じさせる書架から、大福は『星の動きと異星人の存在』などという胡散臭うさんくさい論文を手に取り、閲覧スペースへ向かった。


 別にこの本が読みたかったわけではないが、トンチキなタイトルにかれて内容が気になっただけである。


 ファイルを手に持ち閲覧スペースへ向かうと、そこもまた静かなものであった。

 二階部分の五分の一程度が切り取られ、広く開けられたスペースに机と椅子が並ぶ。


 北向きの窓のそばにも小さなテーブルセットが一組ずつ置かれ、風に当たりながら読書を楽しむ事も出来るようだ。


「……おや」


 そんな窓際の席に目を向けると、そこには一人の女子が読書にふけっていた。

 彼女に、無意識のうちに目を奪われる。




 照明を照り返すつややかな黒髪はキラキラと輝き、ハラリと垂れた髪束を掻き上げる姿も流麗りゅうれいであった。


 細く、白い指は彼女の耳をなぞると、そのまま本のページをめくる。

 文字を追っている瞳はうつむいている所為か少し伏し目がちになっており、彼女のミステリアスさをなおさら強調させているようであった。


 通った鼻筋はまるで美術品として作られたかのように精緻せいちで、薄紅の唇は文を小さく音読しているのか細かく震えている。


 肌は全体的に白く、特徴的な長い黒髪とは対照的で、頬などに差している朱が艶やかにも見えた。


 まとっている学園指定の制服もシワがなく、清潔感を窺わせる。

 まるで絵画としてそこにあるかのような非現実感。


 窓際の席で一人、本を読む彼女の姿は、本当に『絵になる』という言葉を体現していた。




 その光景に目を奪われ、思考を忘れる。

 思わずため息をついてしまう。それほどまでに彼女は美しかった。


 大福は手に持っていた論文を取り零しそうになって、ようやく自分を取り戻した。


「おっと!」

「……あら」


 大きな物音を立てた大福に、彼女も気付く。

 本にしおりを挟み、こちらに笑いかけてくる様も、とても自然でどこか優雅である。


「あなた……見かけない顔ね」


 完璧に目があった彼女。

 それは見紛うはずもない。


 先ほど五百蔵から見せてもらった画像に写っていた少女。

 朝倉ハルであった。

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