1-4 噂のアイドル

 同盟締結の証として、二人はエントランスロビーのテーブルセットを一つ貸し切り、自販機でジュースを一本ずつ買って盃を交わすつもりで談笑していた。


「しかし、島外から来たとなると、ちょっとビックリするだろ?」

「まぁ、確かに」

「俺だって中学の時の修学旅行で本土に行って、ちょっとしたカルチャーギャップを感じたもんな。同じ日本国内でこれほど違うとは、って感じ」


 大福が奈園島に来て面を食らったのと同じように、奈園島民も本土に渡ると色々と驚きがあるらしい。


 それはもちろん、完璧に環境が整備された奈園島と、本土の雑然とした状況を比べて、先進国と発展国くらいの違いを感じたのだろう。


「五百蔵くんはずっと奈園で育っているのか?」

「ああ、生まれも育ちも奈園。両親が島の開発に関わってるとかで、二十年くらい前に奈園に入植してるんだと。たまに爺ちゃん婆ちゃんに会いに行く時は本土に出るけどな。そこが田舎だから特殊なんだと、ずっと思ってた」


「なるほど、じゃあ本土にはあんまり馴染みがないわけか」

「俺よりも馴染みがないヤツはいるけどな。ガチで奈園から一歩も出たことないヤツとかいるらしいし」


 奈園には一般的なインフラが揃っている。


 今朝、大福が利用した全自動路面電車などの公共交通機関、下水道や浄水場、発電施設、ガスの供給施設、ごみ処理施設などをはじめ、『これがないと生活に支障が出る』という施設は全て建設、運用されている。


 流通なども滞りなく、本土からの品物もほとんど遅延することなくおろされ店頭へと並んでいるし、各種病院なども点在しており、先端医療を受けられる巨大な病院まであるのは、奈園が技術の見本市である事の証明にもなろう。


 他にも教育機関、金融機関、公園などの公共施設まで点在しており、普通に生活する分には奈園から出る必要はあまりない。


 そのため、奈園から一歩も出た事のない人間も発生するだろう。


 なんなら奈園島の方が環境的には優れているのに、どうして本土に渡る必要があるのだろう、と考える人間が出てきてもおかしくはないぐらいだ。


 もしくは――先述の通り奈園には最先端の技術を持つ高等医療設備も揃っている。

 生まれつきの難病を抱えている人間ならば、出たくても出ることが出来ないという例もあるかもしれない。


 奈園で受けられる医療も、外では受けられない可能性は大いにある。


「どちらにしろ……」

「うん? どした、大福?」

「いや……島から外に出られない人は、かわいそうだな、と思っただけだ」


 大福の感想を聞いて、五百蔵は目を丸くする。

 まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような、全く意識外からの攻撃だったのだろう。


 次の瞬間には大声を上げて笑った。


「かわいそう? はっはっは! 本人はそう思ってないだろ。なんせ、奈園の方が住み心地がいいわけだし!」


 誰をはばからず笑う五百蔵。


 しかし、それを見ても大福は全く心を穏やかに保ったまま、自分の意見を徹す。


「それは知らないからそう言っているだけだよ。……いや、実際、奈園の環境は素晴らしいとは思うがね」

「……ふぅん。やっぱ面白いな、大福は」


「どういう意味だよ」

「いやいや、ディスったわけじゃなくて!」


 睨みつける大福に対し、五百蔵は大仰おおぎょうに手を振ってみせる。


「さっきは外聞を気にして笑ってしまったが……実は俺も、大福の意見には賛成でね」

「外へ出たい、と思ってるってことか?」

「出たい……というよりは、島内にいては見識が狭まるって話。なんだかここは窮屈なんだよなぁ」


 そう言って天井を見上げる五百蔵。


 本日は授業もなく、ほとんど入学式とオリエンテーションのみで放課になってしまったため、天窓に注がれる陽光はまだまぶしい。


 五百蔵は目を眇めつつ、一つため息をついた。

 その様子が年恰好担わないように思えて、大福はふと思う。


「五百蔵くん……もしかしてキミ、クラスで浮いたりしてないか?」

「何をバカな。俺ほど交友関係の広い人間は、同学年に存在しないぞ」

「いや、それなら良いんだが……」


 なんだか五百蔵の考え方は、妙に達観したと言えば聞こえはいいが、『俺は他人とは違うんだぜ……』という、若干中二病に片足突っ込んだ考え方のような気がしたのだ。


 別に中二病を抱えること事態は悪くない。それを上手くカモフラージュ出来ているのであれば、日常生活に溶け込むことは充分可能だろう。


 自称『交友関係が広い』と豪語するならきっと、五百蔵も擬態が上手いに違いない。


「大福、失礼な事を考えてないか?」

「そんなまさか! 俺は地元では『道徳の権化』と呼ばれた人間だぞ! その俺が! 他人に対して失礼な思考を!? バカをお言いなさいな!」

「そこまで大げさに反応されると逆に怪しいわ。……まぁ良いけどさ」


 そう言って五百蔵は話を切り上げ、自分の電子端末を取り出す。


友誼ゆうぎの証として、連絡先の交換しておこうぜ」

「おっ、良いですなぁ! しかし、俺はこの端末の使い方をいまいち把握できてないぜ!」

「自信満々に宣言する内容じゃないな。……べつに連絡先の交換くらい、大した手間じゃないぞ」


 五百蔵が端末を取り出し、ポチポチと操作した後、それを大福の端末へかざす。


 すると確認アラートの後、大福の端末に五百蔵の連絡先が登録された。


「これで良し。大福の方から、何かメッセージ飛ばしてみてくれよ」

「お、おう」


 言われるがままに端末を操作し、メッセージアプリで五百蔵にメッセージを送信すると、どうやら正常に機能したらしく、五百蔵からも返信が来た。


「よし、ちゃんと出来てるな。じゃあ、交友関係の話題のついでに、俺ら世代の奈園学園男子において、絶対に外せない話題を一つ、お前に提供してやろう」

「お? なんだなんだ、男子と前置きするからには、女子にはおいそれと聞かせられない話かぁ?」


「……いや、意外と女子も知ってる」

「なんそれ……」


 適当にテンションを合わせようと思ったら、速攻で梯子はしごを外されてしまった。


 肩透かしを喰らっている間に、大福の端末に画像が一枚送られてきた。


 確認すると、


「わぁ、綺麗な女性だな」

「だろ? 彼女こそ、奈園学園でも話題の的。現代を生きる奈園のアイドル。朝倉ハル先輩だ。俺らより一個年上で、現在は奈園学園高等部二年」


 五百蔵の説明を聞きつつ、大福は画像を眺める。

 映っていたのは長い黒髪をなびかせている女性であった。


 友人と談笑している所が切り取られた写真のようだが、(失礼な話ではあるものの)周りの女子がかすむほどの美しさを持っていた。


 現実離れしているというか、穏やかに笑むその様子を見ていると、魂まで吸い取られてしまいそうな雰囲気すら感じられる。


 こんな人間が自分と同じ時代を生きているのか。しかも、この島の中で。

 うっかりしたら廊下ですれ違ってしまう事もあるだろう。もし接近遭遇してしまったら、本当に魂が抜かれるかもしれない。


 そんな風に思えてしまう。


「大福、聞いてるか?」

「え、あ、おう。聞いてるとも」

「朝倉先輩に見惚みとれるのは仕方ない事だが、あんまり入れ込むんじゃないぞ。何せ彼女は、告って来た男子を全て斬り捨てている百人斬りの女。いやさ、その数はすでに千を超えているかもしれんな」


 どうやら朝倉先輩の美貌は学園全体に話が広がっている様子。


 五百蔵の話によれば学年の上下関係なく、男子はこぞって朝倉先輩を我が物にしようと愛の告白を行っているようなのだ。


 しかし、そのすべてが失敗。


 朝倉先輩は誰とも付き合うことなく、現在まで浮ついた噂の一つもないというわけである。


「……それって単純に迷惑がられているのでは?」

「そうかもしれんが! 目の前に大魚たいぎょがいるのであれば、釣り人がその糸を垂らさざるを得ないように! 目の前に未踏みとうの山があれば、登山者がその頂上に足跡を刻みたがるように! 我々奈園男子は朝倉先輩を前にして、愛の言葉を紡がずにはいられないのだ!」

「……妙な習性をお持ちのようだ」


 島外からの大福にはちょっと理解のしがたい感情ではあった。


 確かに朝倉先輩は美しい人ではあるが、それがゆえに高嶺の花という言葉が似合う気がする。

 自分程度では……と気後きおくれこそすれ、自分こそが彼女の横に立つ、だなんて大それた妄想に近い様にすら感じてしまうのだ。


「ちなみに、五百蔵くんは挑戦したのか?」

「ん? ああ、一応な。もちろん、玉砕したわけだけど」


 それはもう、悪趣味な根性試しのようなものと化している。


 奈園学園男子の中における登竜門とうりゅうもん。それこそが朝倉先輩に対する愛の告白なのだ。

 朝倉先輩にとってみれば迷惑この上ない話だろう。


「もっと先方の迷惑とか考えた方がいいぞ」

「くそっ! 大福はそうやって大人を気取って、冷静を装っているがいいさ! きっとお前だって朝倉先輩を前にすれば、気持ちが変わるはずだ! そう、お前はまだ、朝倉先輩を生で見た事がないから、そんなことが言える!」


「何その、自己正当化の言い訳……まさか朝倉先輩とやらに超能力でも備わってるのか?」

「はっ……いや、実際そうなのかもしれない。彼女には常軌じょうきを逸した能力があってもおかしくはない……ッ! そう! 男子を惑わす特殊な電波的な何かが!」

「あーはいはい。もう良い」


 ヒートアップしている五百蔵だが、きっと彼も本気でそんなことを言っているわけではあるまい。


 きっと下らない男子内のノリが行き過ぎた結果が、現在の状況なのだろう。

 朝倉先輩には悪いが、バカな男子の行いだと笑って蹴とばしてくれと願うばかりだ。


 大福が朝倉先輩の安寧あんねいを願っていると、端末の画面を見た五百蔵が立ち上がる。


「おっと、そんなことを話している内に昼が過ぎてしまうな。俺は学食で昼飯食いに行くけど、大福はどうする?」

「俺はちょっと図書館の方に行ってみようかと思う。こう見えて知識人でもあるこの俺様にとって、図書館の蔵書内容は気になるところだからな」


 事実、この電子書籍が浸透した現代においても紙の書籍を好む大福にとって、図書館というのは魅力的な施設だ。


 外から見ても大きな建物だった。そこに収められている本も相当な数になるだろう。

 今から本棚の間をブラブラ歩くのが楽しみなくらいである。


 それを聞いて、五百蔵は妙にニヤッと笑う。


「ほーん……そうか、図書館にね」

「なんだよ、その含みのある言い方」

「別にぃ。……グッドラック、とだけ言わせていただこう」


 謎の言葉を残し、五百蔵は学食の方へと消えていった。

 大福は言葉の意味を充分に理解できず、首を傾げながら図書館へと足を向けた。


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