1-3 奇特な名前同士
無事に五組の教室にたどり着き、座席表を確認しつつ自分の席を確保した大福。
最先端の技術をそこかしこに散りばめている奈園島は、当然学校にも最先端技術が使われているらしく、机は全面がタッチパネルとなっており、そこに端末を置くことで個人を認識、学校におけるあらゆる事が操作できる便利アイテムとなり替わっていた。
まぁ、あんまりピカピカされても困るので、とりあえず木目調のホーム画面にして放置しておいたのだが。
それはともかく、大福には気にかかることがあった。
(……注目されているように感じる)
教室に入ってきてすぐに、教室内にいた生徒からバシッと注目され、その後もチラチラとこちらを窺うような視線を感じる。
それはおそらく、
(ククク……この俺様のイケメン具合に面を食らっておるようだわ! 所詮は離島に隔離された田舎者どもよ! この本土で洗練された俺の美しさに見惚れるがいいわ!)
などと良い様に解釈した大福は、その奇異の視線をありがたくも受け取り、まるでシャワーを浴びるかの如く心地よさを覚えていたのだが、当然、真相は全く違う。
そして、すぐにそれを思い知らされる事になる。
一年生が全員、中央広場の講堂に集められ、入学式が行われる。
この入学式も初等部から高等部まで、順繰りに行われるらしく、現在は大福を擁する高等部のターンのようで、明らかに幼い初等部の新入生が混じるようなことはないらしい。
今年入学してきた千名程度の新入生は、当然ほとんどが中等部からそのまま進学してきた生徒で、講堂で行われる入学式というのも代わり映えのしないモノなのだろう。
退屈そうな生徒ばかりを集めて行う演説というのも、教師側からしても本意ではないらしく、入学式は思ったよりスピーディーに終了した。
その後、各教室に戻り、簡単なオリエンテーションが行われる。
基本的な教材の使い方、学校の施設の使い方、部活や委員会などの詳細、そして驚いたことにリモート授業のやり方などまで教えてくれていた。
大福が学校に来てすぐ、エントランスロビーに人がいないと感じたのは、リモート授業がまかり通っているからであった。
ほとんどの生徒は学校以外の場所で授業を受けており、実技を要する副教科の授業や定期テスト、学校行事の時期以外に登校する事は少ないらしい。
道理で青葉がゆっくりと朝の準備を行っていたはずだ。大福より一時間も遅れて登校を始めて間に合うのかと思っていたが、そういうカラクリがあったのだ。
(青葉のヤツ、今頃は悠々自適に家で授業を受けてるって事か、許せんな!)
などと考えているうちにオリエンテーションもある程度終了し、教壇に立った担任教師も生徒全員を眺めて、質問がない事を確認していた。
「よーし、じゃあ質問もないみたいだし、自己紹介に移るか。ウチのクラスはありがたくも一人、外部からの生徒もいるしな」
教師の鶴の一声は、たるんでいた教室の空気を一気に張り詰めさせた。
入学して初めのハードルと言えば、おそらくこの自己紹介になるだろう。
およそほとんどの人間は一人でお立ち台に立ち、注目を浴びることを嫌う。
特に日本人はその国民性により、目立つことがあまり好きでないとされる。
となれば、自己紹介などというイベントは基本的に嫌われるモノなのだった。
ゆえに生徒諸君も多少色めきだっている。
そして、その瞬間まで余裕たっぷりだった大福も、少し動揺していた。
(じ、自己紹介! 忘れていた!!)
彼にとっても自己紹介というイベントは、中学に入学した際に行ったきりで、実に三年ぶりとなる。
ゆえに失念していた。
大福にとって、自己紹介というイベントはトラウマ級のイベントだということを。
そして同時に悟る。
大福が着席した際、注目を浴びていたのはこの
何せ、この教室にいる全員が、座席表を確認できる状態にあった。
そこに大福の名前があれば『なんて読むんだ?』と、当然疑問に思う。
人間の名前に『大福』なんてお菓子の名前がついていれば、そりゃ誰だって気になる。
大福にとってみれば、親からもらった大事な名前だ。今更恥じるようなものでもない。
だが、はじめてその名前と出会う学友にしてみれば、特異なことこの上ない。
どうしてそんな名前なのか、甘いものは好きなのか、昔太ってたとか? 様々な疑問を抱くだろうし、実際確かめてみたくもなるだろう。
それに対する大福の手札は、悲しいかな一つしかない。
結果的に訪れるのは気まずい沈黙である。
それが、心苦しい。
「じゃあ、出席番号、六番。起立」
「あ、は、はい」
そんなことを考えているうちに大福の番となってしまった。
気の利いた紹介文など考える間もなかった。
ゆえに、
「
なんて通り一遍の言葉しか出てこなかった。
今、絶妙な恥ずかしさで顔が真っ赤なのがわかった。
チクショウ、誰がこんな展開を望んだ! 教師か! 担任がこんな状況を生み出したのか!
「あー、木之瀬は親元を離れて奈園に来ている。そこには当然、他人に話しづらい事情があるというのは、我が校の生徒ならばすぐに察してくれるであろうと信じている。島外からの人間だからって色々気になる事はあると思うが、プライバシーには充分配慮して質問するように」
大福の自己紹介の後、担任がそんな注釈を加えてくれた。
これにより、深く突っ込んで質問してくる人間は激減するだろう。
ありがとう、担任! 一度でも恨みを向けた自分を許してくれ! という念を抱きつつ、大福は担任教師に対する信用を爆上げするのであった。
****
大福が自分の名前について質問されたくない理由は、シンプルに一つだ。
投げかけられる質問は『どうしてそんな名前なのか』という事に集中している。
だが、大福はそれに対する明確な回答を持ち合わせていないのだ。
何せ彼の両親はすでにこの世に存在していない。
母親は大福が生まれて間もなく他界し、父親に至っては詳細不明と来ている。
大福にとっては母親の人となりは親族や他人からの
急に突飛な発想で『大福』なんて名前をつけたのであれば、そこに意図があると思うのだが、母親はその胸中を語る前に亡くなってしまった。
母親とも旧知の仲で、その縁で大福の身元引受人となってくれた真澄でさえ、『なーんでそんな名前を付けたんだか、一切見当もつかないわ』と話していた。
そして両親の片割れである父親については、誰に聞いても全く正体不明の人物であるらしく、もしかしたら母親は事件に巻き込まれて、望まずに大福を
これが大福の持つ名前に関する質問に対しての、唯一の手札だ。
これを軽い気持ちで質問してきた学友にひけらかせば、そりゃ沈んだ空気にもなる。
そんな状況に対して牽制してくれた担任には感謝の一言であった。
担任の言葉も効果があったようで、ホームルーム終了後になってもクラスメイトたちは大福の事を遠巻きに眺めていながら、近付いてくる人間はほとんどいない。
それはそれで寂しいものだが、ゆっくりとクラスに馴染んでいけばいいか、などと考える大福であった。
「なぁ、ちょっと良いか」
そんな大福に、ようやく話しかけてきてくれる人間が一人。
「お、おう、何だねクラスメイトA」
「おい、初対面の人間を勝手にモブ扱いしてんじゃねえ。確かにキミみたいな突飛な名前をしてれば、他は面白みのない人間に見えるかもしれんが」
「あ、いやスマン。自己紹介の最中に自失していたもんで、誰の顔と名前も一致しないんだよ」
「……まぁ、それは察して余りあるが」
話しかけてきた男子は、大福に対して憐れみの笑みを向ける。
島外からの生徒という事で、すでに珍しさが一段階ついているのに、さらにそこに来て大福という名前だ。そんな状況に放り出されて自己紹介をしろ、などと言われれば、ちょっと気を失うぐらい、仕方のない状況だろう。
「じゃあ、もう一回名乗ってやるからありがたく思いな。俺はイオロイハジメ。芸名でもハンドルネームでもなく、歴とした本名だぜ」
「い、いお……? なに?」
「イオロイ。漢字で書くと、五、百、蔵って書くんだ。絶対最初は読めないだろ?」
男子改め、
「俺も珍しい苗字だから、お前の気持ちは半分くらいわかるんだよ。何なのその苗字~とか、なんて読むの~とか、聞き飽きたんだよなぁ」
「お、おぉ、わかってくれるか、五百蔵くん! そうなんだよ! 誰も好き好んで変な名前つけてるんじゃないんだよ!」
まさかこんなところで同じような境遇に嘆く同類と出会えるとは思わなかった。
ちなみに、五百蔵という苗字は全国的に見ても少数しか存在していないらしく、彼も大福と同じような状況を何度も味わったらしい。
高等部まで来ると、その変な苗字も周りに浸透し、変に質問を投げかけられることもなくなったが、初等部や中等部では矢継ぎ早の質問攻めにされたこともあったそうな。
「変な名前を持つ者同士、仲良くやろうぜ、大福」
「ああ、この島で初めての友人はキミに決めた、五百蔵くん!」
二人はがっしり握手を交わし、変な名前同盟を締結するのであった。
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