1-2 学校へ行こう

 奈園島の市街地は、海に面していながらそれを感じさせないモダンな雰囲気であった。


 漁村として発展したわけではなく、近年になって大幅に開発されて現在のような街並みになったのである。

 目的は日本の技術力をアピールするためとうたわれており、あらゆる技術のすいを集めて一つの街を作り上げている。


 見た目はまるでSF。

 背が低いながらも洗練されたデザインの建物群、野暮ったい電柱などは設置されず、必要な配線は全て地下に埋められ、空を見上げても雑然とした印象を抱かせない。


 規則正しく碁盤の目のように敷かれた道路には、真澄が運転していたような本土ではまだ流通していない次世代の電気自動車や、全自動の路面電車が走っており、また歩道には環境維持のためのドローンが走っている。


 その光景は歩いているだけでもテーマパークに来たような気分が味わえるため、奈園島が完成して以来、観光客が途絶えることはなかった。

 今、大福が乗っている路面電車にも、学生や会社員の他に、明らかに海外からやって来た観光客が乗っているのが確認できた。


(国の技術力を誇示しつつ、海外の観光客から銭をもらう。なるほど合理的だ)


 奈園島が作られた裏の目的を察しつつ、その合理性に得心していると、


『次は、第一奈園学園前。第一奈園学園前です』


 路面電車のアナウンスが聞こえ、周りの学生が揃って降車の準備を始める。

 大福もその例にもれず、向かうべき学園の最寄り駅を前にして自分の電子端末を手にした。


 スマホにも見えるこの電子端末は、奈園の住民全てに配られるモノで、実際にスマホのような用途への利用や各種インフラ機関への支払い、身分証明書にもなる重要なアイテムである。


 これを失くすとしばらくは何もできなくなるうえ、再発行には当然、そこそこのお金が必要になる。

 居候をしている身分である大福は、これ以上、真澄に負担をかけまいと、その端末を失くさないよう強く握るのであった。




 路面電車を降りると、すぐそこに校門が見える。


 校門にはまるで駅の改札のような機械が設置されており、そこで端末を認識させることでようやく入場が許されるようであった。

 改札の脇には屈強そうな守衛しゅえいもおり、学内のセキュリティは思ったより強固なようである。


 そんな入口を通り過ぎると、ようやく校舎……というわけにはいかないようだ。

 だだっ広い中央広場がデン、と存在し、中央にある噴水が勢いよく水を噴き上げている。


 また、その広場の両脇には購買や図書館、講堂などが存在しており、目指すべき校舎はまだまだ先である。


 この巨大な敷地を有したその学校は、奈園学園。


 島でありながら十万の人口を抱える奈園島は、相応に学生も存在している。

 その総数は三万人を超える程度と言われ、島には三つの学園施設が存在しており、それぞれに一万人程度ずつ振り分けられているのだ。


 各学園は第一から第三までの数字が振られ、各校が初等部から高等部までの学生を受け入れている。大福が通うのは第一学園の高等部である。


 学園一つ一つに一万人近い学生と、相応の職員が通うため、その敷地はそこそこ広い。

 第一学園も初等部から高等部までの三つの校舎と校庭や体育館、プールなどの施設、そして各校舎に挟まれる形で中央広場があり、そこに購買や講堂、図書館などが存在している。


 学園の中央広場を過ぎると、そこを歩く人間の選別もある程度なされ、大福の歩いている周りにも明らかに幼い子供などは見かけなくなった。


(とは言っても、俺もつい数週間前まで中学生だった身。中等部の連中とはあんまり変わらないけどな)


 確かに年恰好は大福と変わらない男子女子も混じっているようだ。


 だがそれでも彼らのまとっている雰囲気はどこか違う。

 おそらくは生まれも育ちも奈園島の人間なのだろう。時代の最先端を往くこの島で育った人間となれば、なんとなくシティボーイ、シティガールの風格を持った人間ばかりに見えてくるのだから笑える。


 普通、本土から隔絶した孤島の学生などは、本土側に憧れを持ち、野暮ったい地元からはすぐに離れたい! なんて嘆くのがお決まりだろうに、ここではそれが逆なのである。


 本土から来た大福こそがお上りさんになりそうな雰囲気すらあった。


「いかんいかん! 初日から気後れしてどうする!」


 大福は自分の両頬をはたきつつ、気合を入れて高等部の昇降口へと向かった。




 昇降口とは言え、別に外履きと内履きが分かれているわけでもないらしい。


 外履きのまま堂々と校舎内に入ると、エントランスホールには巨大な電子掲示板が待ち受けている。

 掲示板にはデカデカと『祝 入学』などと書かれており、その下に新一年生のクラス分けも発表されているようであった。


 大福がそこへ近づくと、いくつかのグループがすでに出来上がっているようで、仲間内で『今年も一緒だね!』とか、『今年からは別クラスかぁ』とか、そういう話題で盛り上がっている。


 それも当然な話で、小中高と一貫校である奈園学園はエレベーター式で進学してくる人間が九割九分を占める。


 むしろ大福の様に外部から入学してくる人間は片手で数えられるレベルなのだ。

 であれば、中学からの関係性をそのまま引き継いで……いや、もしかしたら小学生レベルの時代から幼馴染と呼ばれる間柄の人間たちがそのまま同じ学校に通っている可能性すらある。


 そんな人波を掻き分けて最前までたどり着き、大福は自分の名前を確認する。


「えーと……一年五組か。六階の端っこだな」


 一年から三年まで、在校生は三千名を越え、教職員を含めれば四千人近い人間が出入りしている奈園学園高等部。当然、それを受け入れるだけの建物は相応にでかい。


 学園全体で共有している図書館や学食、講堂などは先ほど通過してきた中央広場の近くに存在しており、体育館やプールは建物の外に併設されていながら、通常教室や特別教室を詰め込んだ校舎は六階建て。


 その中で一年生の教室は最上階である六階に集められているらしい。

 大福の向かうべき五組はその端っこだ。


 端末で地図を確認しながら歩を進めると、エントランスの先には吹き抜けの広場が現れる。


 エントランスロビーと呼ばれるらしいこの場所の一階部分には、植え込みと休憩や団らんのために用意されたテーブルセットが幾つか揃えてあり、休み時間などにはここで生徒が談笑しているのだろうな、と光景が思い浮かぶ。


 近くには自販機も置いてあり、ちょっと喉が渇いた時に購買などまで行かなくとも、ここで事足りるのだろう。いちいち中央広場まで出ていくのは面倒だろうし。


 吹き抜け部分の天井は大きな天窓が設置されており、広く陽光が取り入れられるようになっていた。夏の暑い日なんかは地獄なのでは? といぶかったが、どうやら完璧な空調によって夏も涼しく過ごせるらしい、ということを大福が理解したのは数か月後の話。


 またこのロビーは、各階へ向かうためのエスカレーターが集まっており、移動のために重要な場所でもある。

 新一年生がエスカレーターを利用して各々の教室へ向かっている様子は、ここからでもよく見えた。


 だが、思ったより人が少ないようにも感じる。


「三千人を数える学生を抱えているからって、通学ラッシュが発生するわけではないのか?」


 不思議な感想を抱きながら、大福もエスカレーターで六階を目指した。



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