第5話

 君を恨んではいない。

 むしろ、君に恨まれて当然だと思う。僕は、君の人生を狂わせてしまった。君が、必死に隠してきた衝動を、あらわにしてしまった。

 僕の興味本位が、君を傷付けて、全てを狂わせてしまった。

 申し訳ないと思っているから、僕は、それなのに、何もできずに家に閉じこもっている。

 僕は、そのうちに妻と一緒に暮らしていることすら申し訳なくなり、ちゃんと、戻る場所など無いのだということに気付いてしまった。

 

 「容疑者は、暴力をふるった挙句、制止する人が現れるまで行動を止めなかったという事です、みなさん、どう思われますか?」

 「そうですね、凶暴だとは思います。しかも、二人は同級生だという事だから、何かもめごとがあったのかもしれませんねえ。」

 「うーん、でも暴力はダメでしょ。ボクはやっぱり容疑者の方に常軌を逸した何かがあるように思われます。」

 「はい…、ということで以上、昨晩起きた事件に対する内容でした、続きましては…。」

 コメンテーターがとうとうと君を罵倒し、そして彼を擁護していた。

 そうだ、世間から見れば、そうなのだ。

 間違っているのは君で、正しいのは彼。

 でも、もし順位をつけることが許されるのならば、一番は、僕だ。

 僕は、家の中にこもり、全てを無かったことにしようとしていた。が、でもだめだ。もう妻と一緒にいることも、だからつまり、戻る場所も無いのだと悟っていた。

 戻りたいと思った一瞬は、とうに過ぎ去った。

 君は、僕のせいでこんな目にあってしまった。

 卑怯な、僕のせいで。

 全てから逃げ出したかった。

 これがきっと、こういう状況に陥った人間が考えることなのかもしれない、と妙な発想を、頭の中でこねくり回していた。

 僕は、新幹線に乗り、遠くへ行った。

 そして、車を借り、それから当てもなく走っていた。


 「あれ?」

 おかしいな、鍵がない。車のキーが、ない。ち、めんどくさいな。これレンタカーなのに、ああ、どうしたんだっけ。

 イライラと、鞄を漁る。

 けど、見つからない。

 「…なあ。」

 その時、見慣れた声がした。

 僕は、振り返った。

 「久しぶり、お前何してんだよ。馬鹿じゃねえの、お前が、狂う必要は無かったんだ。」

 「え?」

 ああ、君だ。いつもの君だ。

 僕は、笑った。

 そして、君は、はにかんだ。

 「お前さ、勘違いしてるけど、俺はずっと、あいつのこと殴りたかったんだ、一度。でも、やってみたら後悔したよ、だったあいつ、話が通じないんだ。いくら、殴っても、いや、殴れば殴る程、あいつには話が通じないって、分かっちまうんだ。だから、心底後悔した。でも、こんな俺の中でも、やっぱりお前との縁は特別だった。何か、よく分かんねえけど、お前といると楽しいよ。なあ、また一緒に暮らさないか?」

 「………。」

 驚いて、黙っている僕を見て、君はちょっと、困った、みたいな顔で笑っていた。

 でも、

 「いいけど、僕何も持ってないよ。全部捨てたんだ。何か、わずらわしくて。」

 「そうか、俺もだ。」

 僕らは、似ているのかもしれない。

 何もかもが嫌だった、どこへ逃げても満足することは無かった。

 こういう縁は、あるのかもしれない。

 異性といると、必ず何か騙されているような、作られたような平和があって、それが気持ちが悪くて嫌だった。

 けれど、同性の君といると、そういうことは一切なくて、脳っていうのかな、何か頭から変な麻薬が出ている感覚に溺れる必要もなかったし、僕は、

 「じゃあ、行く?」

 「おう、行こうぜ。」

 という感じで、君に笑いかけた。

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黒い仲間 @rabbit090

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